津々堂のたわごと日録

爺様のたわごとは果たして世の中で通用するのか?

■元和拾年 萬覚書(62)

2019-11-01 06:47:56 | 細川小倉藩

                          (元和十年四月)晦日

         |                                              
         |一、晦日   助二郎  甚左衛門  当番 雨
         |
豊後府内ノ馬盗人 |一、昨日六時分ニ、ふん後ふ内ゟ、馬をぬすミ、はしり参候を、おいかけテ参候御横目衆之加判ノ状
追補ノ横目ノ加判 |  参候、ぬす人しれ不申候事
状        |           (長浜、規矩郡)                     ( 鱚 )
長浜漁人鱚語猟ニ |一、山本弥兵衛登城ニ而、長はまノれい人、馬嶋ノ前壱里斗おきニ而、きすこつり申候処ニ、たわら
俵懸ル      |  壱俵懸り申候、 それゟかけ申候ヘハ、四拾俵懸ケ上ケ申候、如何御座候哉、尋被申候事
         | (浅山)
         |  清右衛門ミな/\登城候て、可申入之由ニ候事
         |           (死)   (鏡)
加子二人病死   |一、御加子弐人、昨日病仕候由、善右衛門登城ニ而、申上候事
         |     (可成)
松下掃部借米   |一、加々山主馬・冨田十太夫登城、松下掃アニ、毎年御貸米被借下候、当年も御貸シ被成候様ニとの
         |  儀被申候、則、惣談ニかし可申由之事
上リシ俵ハ腐米  |一、永浜れうしとも取上ケ候米、殊外くさり申、其上、何国之米とも不知故、れうし共ニ可遣由之事
漁師ニ与ウ    |
台所人病気交替  |一、猪膝へ被遣、佐藤伝左衛門台所人煩候故、道家次右衛門所ノ台所人可遣ノ由、被申触候事 
         |

 

   (元和という年は九年ニ月三十日に改元しているから以降、寛永元年とするべきところだが、資料の記するまゝ「元和十年」として
    ご紹介してきた。その元和十年の資料はここで終了している。次回からは寛永元年八月日帳をご紹介する。)



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