「北窓瑣談」とは江戸後期の 宮川春暉(橘南谿)という人物の随筆集である。
全九十七条ある中に、細川家にかかわることが二編見える。
・六十一 肥後の薮茂二郎先生が、大坂の中井善太(竹山)先生を初めて訪うた時、冬だのに薄羽織を着てゐた。
中井が怪しんで、「どうして先生は夏羽織をお召ですか」と問うたら、藪は答へて、「国許を夏に出まし
たので」といつたそうである。
・八十三 ある時蒲生氏郷が、細川家の茶道具に富んでゐる由を聞き及んで、「御道具を拝見いたしとうござる。
いついつの日にまゐり申さう」と約束した。その日に到って見ると、細川家で名物名作といはれる武具の
鎧や太刀から鎗などに至るまでが飾りつけてある。氏郷は驚いて、「所望したのは、御茶具のことでござ
る」といつたら、忠興答へて、「道具と承つたので、武具とばかり心得てござる。それならば」と、改め
て茶器のかずかずを見せ給うたといふ。これらは人のよく知ってゐる話ではあるが、本業を忘却しない心
がけが快い。その頃の名のある茶人は、大方は人としてすぐれてゐた。今時の茶人の俗情のはなはだしい
のとは大いに異るものがある。