津々堂のたわごと日録

爺様のたわごとは果たして世の中で通用するのか?

■オワコン論

2021-03-11 15:27:32 | 徒然

 オワコンという言葉、「終わったコンテンツ」の略語だそうだが、或る人が「古文・漢文」についてのオワコン論を言い出していろいろ議論が沸騰している。
「古文」[「漢文」が俎上に挙がってしまったようだが、時代に合わないからやめっちまえというのは些か乱暴に思える。
只、世に出たら役に立たないといわれると、そうかもしれないとも思ってしまう。
古文・漢文等知らずとも世の中では生きていける。
かくいう私は工学系人間だから、古文・漢文は大いに苦手であった。
今でこそ古文書にどっぷりはまり込んでしまったが、なにせ独学だから基本がわかっていない。
古文・漢文にもう少し興味を持っていれば、随分違ったことだろうと思ってしまう。
NHKとかユーキャンなどで古文書講座をやっているが、やはり対面でいろいろ講義をうけ勉強したいと思い、地元新聞社が行っている「生涯学習プラザ」に参加しようかと思ったりしている。
興味がわけば独学でもなんとか行けるという感覚が私にはある。しかし大学とか専門機関での研究者となるためには、相当な勉強が必要だし、オワコンだとかたずけられてしまうと、興味を以て専門の道へ進んでみようかと思う人の芽をつまんでしまうことにもなりかねない。人材不足に陥ることは目に見えている。

彼がいうオワコンは、長い歴史の中で日本人の生活を豊かに彩ってきた。まさに日本の文化そのものだが、例えば大学に入試にこのために労力を消費せずに、別の形もあるのではないかという議論も判らないでもない。
なんだか深い教育論なのかもしれない。全国諸兄の議論を注目していたい。

そして知らず知らずのうちに「オワコン」入りしつつある日本の文化を見つめ直し、大切にしていかなければならない。

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■細川小倉藩(513)寛永七年・日帳(九月四日~五日)

2021-03-11 06:22:53 | 細川小倉藩

     日帳(寛永七年九月)四日~五日

         |                        
         |   四日  加来二郎兵衛
         |
岩石ヨリ松茸   |一、岩石ゟ、松茸三十三本弐籠ニ入、次夫にて持来ル、
借米奉行死ス   |一、安井長左衛門尉、去月廿鉢日之夜病死仕候、当御借米奉行ニ而候つる処、右之分ニ候間、かわり
         |  の仁申付候へと、御郡奉行衆ゟ申来候事、
京ヘノ音信覚   |一、   差上せ申物数之事
忠利判紙五枚   |  一、坂崎清左衛門へ被遣 御判帋五枚壱包、
         |  一、同人へ、飯田才兵衛ゟ之状壱通、
         |  一、同人へ、我等共ゟノ状一通、
津田秀政宛    |  一、津田與庵様への 御書壱通、
         |  一、佐藤少左衛門方へ、我等共ゟ状一つ、
         |  一、同人・小野九右衛門へ、我等共丞壱つ、
         |         (可政)
         |  一、同人へ、加々山主馬ゟノ状一つ、
縮緬       |  一、ちりめん弐包、
忠利袖判紙    |  一、中神與兵衛ゟ、京衆へ上せ被申 御袖判之入候文箱壱つ、
         |     (築)
         |  一、筑山兵庫方へ、我等共ゟノ状一通、
         |  外ニ貴殿ヘノ状二通、
         |    九月四日
         |         (主水)
         |         寺島殿              修り
         |                          兵庫
入日記      |  右之分ニ、入日記書入候也、
         |                         (杢)
         |一、金守杢左衛門尉弟甚太郎事、口ニ詰させ候へと、金左衛門ニ御直ニ被 仰候由、杢左衛門被申候
         |  也、                                                                         〃
         |             (蒸堅魚) (塩堅魚)     (橙糕)
長崎ヨリ上ル品々 |一、長崎ゟ御小早上り申候、むしかつほ・しほかつほ・南蛮柿・かせいたのつけ物、此分つミ上り申
         |  候事、

         |                        
         |   五日  奥村少兵衛
         |
紫幕ノ奉行    |一、紫幕色上ノ奉行ニ。、横田権佐与矢野伝介・八屋久兵衛両人ニ申付候也、
         |   (友好)
松井友好家修繕ニ |一、松井宇右衛門尉家ノ繕ニ被成御借候弐貫め銀、松ノ丸衆惣談ノ上、上方ノ利足並に相究、主馬・
借銀ノ利足ヲ上方 |  我々両人加判弐而、松ノ丸へ切帋遣候也、
並トス      |
         |     (蒲生、規矩郡)
忠利蒲生ノ簗ニ遊 |一、今日ハ鴨生ノやなへ被成御座候事、
ブ        |
落鮎三千匹    |一、かもうのやなニ、あゆ三千ほとおち申候也、
         |      (鍋嶋勝茂)     御
鍋嶋勝茂使者へ肴 |
一、なへしま様ゟ之使者御座候處、町中ニ肴無之由、申来ニ付、御台所へ申遣、うなき三拾・あゆ十
ヲ調達ス     |  五・なまつ壱つ・塩かい五はい遣候也、
隼城野ニテ逸ル  |一、横井弥次右衛門尉預之御隼、今日城野にてそれ申候間、明日歩之御小性・御昇衆なと遣、尋させ
探索ニ歩小性等ヲ |        (正慶)                                    (太)
出サシム     |  可申候旨、加々山権左衛門尉を以、被 仰出候ニ付、歩之御頭衆・御のほりノ小頭大郎右衛門ニ
         |  かたく申付、遣候也、
鍋嶋勝茂使者ニ対 |一、鍋嶋殿使者ニ、今夜被成御対面候也、
面ス       |

 

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