すぷりんぐぶろぐ

桜と絵本と豆乳と

新しい価値観はかっこいいから

2021年11月09日 | 読書


 シンパシーを感じる作家の一人。しかし読んでいると、暮らしぶりの駄目さ加減に時々情けなくなる。それは、自分にもまた似ている部分を感じるからであり、ドーシヨーモネーナという思いが鏡で跳ね返ってくる。一言でいうと「甘い」。それもまったりとした、後をひくような…だからずるずるはまってしまう。


『君がいない夜のごはん』(穗村 弘  文春文庫)



 自白(笑)しているように、過保護に育てられたゆえに「目先の手間から逃げたい。一瞬の楽をしたい」という心に支配される率がきわめて大きい。だから、「食べ物とその周辺について」の話題で構成されるこの一冊には、数々の食べ物、飲食店、家族や仲間、見かけた他人との、食に関わる軋轢が書かれているのだ。


 むろん、その軋轢を正面から解消しようともしない。かわす、逃げるが主たる手法だ。その多くは「妄想」へと進む。例えば納豆を混ぜることを手抜きする穗村は、ベトナムの食堂で冷やしぜんざい風の食べ物を混ぜよと言う店員を、日本のお好み焼き屋のおばちゃんと空想の中で対決させ、混ぜ問題を俯瞰する


 その俯瞰具合が面白いから読んでいるわけだ。もちろん稀代の歌人らしくその観察力、自己分析力は、独特で鋭い。今回、唸ったのは「新しい価値観は、まず『かっこいい』のかたちでやってくることが多い」という一節。なるほどね。流行りの文化はメディア等の誘導もあるが、芯になるのは個人の感覚である。


 自分が何か新しく手をつけてきたことは、初めから「好き」となったわけでなく「面白そう」と感じたからだが、「かっこいい」と差替えても構わないだろう。高齢者であっても「格好いい」を価値観選択の基準にすることは間違いではない。まあ、「カッケェー」という言い方などは真似せず、これからも穗村を読む。