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参参参(二十一)AIでは、でも…

2023年05月09日 | 読書
GW後半の読書メモ。どれもそれなりの読了感があった。


『あなたはここにいなくとも』(町田そのこ 新潮社)

 以前何か一冊読んでいたようなイメージを持っていた。それは人気作家で次々に新刊が出ていたからか…。これは2月に出た新刊の短編集。5編にそれぞれ高齢女性(祖母も含めて)が登場する。文章が練れていてするーっと読ませるが、なんとなくどれも空気感が似ている気がした。特典として付いていた著者による「特別エッセイ」には、冒頭「粋なおばあちゃんになるのを目標としている」と書かれてある。そこで語られる「粋」の姿を、それぞれの作品で具体化しているのが本作であろう。その声や息が去り際にふっと思い浮かび、人の心に働きかける…「粋」は、AIじゃ表現できないかもなあ…。





『オードリー・タン デジタルとAIの未来を語る』
  (オードリー・タン プレジデント社)

 台湾のコロナ感染対策成功の鍵を握っていた人物として、ごく普通の興味を持っていた。エリートには違いないだろうが、日本のそれとはやはり異なる。発想も刺激である。自分がトランスジェンダーである意識を強みに捉え「マイノリティに属しているから提案できる」という。台湾がデジタル推進を、特に教育の場で地方から進めていることにも通じる考えだ。つまり「一人も置き去りにしない社会改革」を、美辞麗句ではなく具体的に進める。そのためにデジタルとAIをツールとして、フラットな関係を築くという思想に満ち溢れている。日本流に言い換えれば「傾聴」「相互扶助」の精神が、未来志向に固く結びつけられている。わが国にこのような人物は有りや無しや。


『雪国昭和少年記』(小坂太郎 萌芽舎)

 「創作」「評論」と記された章もあるが、大きく括ればエッセイ集と呼べるかもしれない。所属していた同人誌に発表した文章が集約されている。亡くなる半年前の刊行であり、いわばベストセレクションだろう。出版されてすぐに読んだ記憶がある。教職中はもちろん、定年後もいくらか親交があり、読めばまた懐かしいあの笑顔と声が蘇ってくるようだ。いわば遺作のようなこの著の核は「幼少期」と「青年教師」にあることに間違いない。それは、戦争と戦後の民主化運動の波をまとも受けながら、じわりじわりと進みゆく姿であり、人間が人間であることの生々しさに溢れていた。その熱が冷めていく時代を、私たちは生きたのだ。