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「中野京子と読み解く名画の謎 ギリシャ神話篇」中野京子

2011年03月24日 20時22分54秒 | 読書(エッセイ&コラム)


「中野京子と読み解く名画の謎 ギリシャ神話篇」中野京子

中野京子さん、最新刊。
タイトルどおり名画の解説書だけど、著者が中野京子さんなので、斬り込みがするどい。
知識も増えるし、コメントも楽しめる趣向。
内容は、大きく4章に分かれている。

1 ゼウスをめぐる物語
2 ヴィーナスをめぐる物
3 アポロンをめぐる物語
4 神々をめぐる物語

ヴィーナスにつて(P68)
男性にとっては、ヴィーナスが最大人気なのは間違いない。何しろ完璧な肉体美の上、いつもオールヌードときては目の保養だ。ただし遠くから愛でるにはいいが、関わると厄介なのがこの女神。「愛」ではなく「愛欲」を司るので、短い恍惚は与えてくれても先には嫉妬やら憎悪やら煩悶やら焦燥やら、ありとあらゆる負の感情がおまけとして付いてくる。必ずしも幸せはセットになっていない。

ピグマリオンについて(P83)
男という生きものは教えたがり屋で、相手を粘土みたいに捏ねて自分好みに作り変えたがる。(中略)
女性はふつうこんな考え方はしない。十歳の少年をみつくろい、手間ひまかけて理想の青年に育てる、などリスクが高すぎる。そのくらいならすでに完成済みの男性を「発見」し、彼好みの女を演じた方が早いし、結婚してしまえばいくらでも夫を操縦できる、と思っている。(のではないだろうか、たぶん)
では文化の問題なのか。悪しき男性優位社会が、悪しき女性優位社会へ変われば、女もまたピグマリオンになるのだろうか。それとも女性はすでに子育てという彫刻によって、自分好みの息子という究極の恋人を太古の時代から作ってきたので、今さら他人で試すことには興味を示さないのか。要するに男が人間を作りたがるのは、出産の代用か。
いや、単に男は女に比べて勘の働きよろしからず、女が何を考えているのかさっぱりわからないため、少しも謎のない恋人がいたらどんなにいいか、と妄想しているだけかもしれない。

ルーベンスの「アドニスとヴィーナス」について(P120)
明らかに外反母趾で、痛そうだ。いつでもどこでも丸裸だったヴィーナスが、なぜ外反母趾に?これはルーベンスのモデルがそうだったのだろう。面白いことに当時の女性の靴は―ヒールこそ現代のよりずっと太いが―7、8センチの高さが流行だった。長いスカートの下にハイヒールを履いていたのだ。長期にわたってハイヒールを履き続ければ外反母趾になる。昔も今もおしゃれな女性の悩みだが、さすがのルーベンスもそこまで気づかず、そのまま描いてしまったのらしい。

ヒュアキントスについて(P146-147)
新興の強力な神によって土着の神が周辺へ追放され、以降、悪魔や鬼と呼ばれる、または殺された後に、敵ながらあっぱれな英雄として讃えられ祭られる―こうした一連の流れは世界中どこでもよく見られることで、日本だと大国主命が例として挙げられよう。
国造りの神にして農業神でもあった大国主命は、自らの国を天照大神へ無血譲渡したとされている。しかし「国譲り」がそれほどきれいごとのはずがなかったことは、出雲大社に大国主命の呪いを封じ込めているのを見ればわかる。(中略)大国主命もヒュアキントスも死して敬されているわけだが、それにしても両者にまつわるエピソードの、何たる違い。(中略)
肉体とエロスを手放しで礼賛する西洋人の趣味には、ちょっとついてゆけないところがある。

ナルシスについて(P228)
生きるだけで精一杯の時代にはなかった長い余暇が、自分自身に深く感心を向ける人々を、年齢性別に関係なく、増やしてきた。彼らの絶えざる「自分探し」は、容易に「誇大自己」と結びつき、そのくせ自らの優位性への証明が曖昧なものだから不安は解消されず、常に鏡を覗いて自己確認しなければならない。地獄なのやら、快楽なのやら・・・・・・。

以上、いかがでしょうか?
興味深く、おもしろい文章の連続。
ところで、「ギリシャ神話篇」とあるからには、続編があるんでしょうね。
楽しみに待っている。

【ネット上の紹介】
1 ゼウスをめぐる物語(官能のダナエ―レンブラント『ダナエ』/クリムト『ダナエ』;「英雄」誕生―ティントレット『天の川の起源』 ほか);2 ヴィーナスをめぐる物語(ヴィーナスのあっけらかん―ティントレット『ウルカヌスに見つかったヴィーナスとマルス』;男のピグマリオン幻想―ジェローム『ピグマリオンとガラテア』 ほか);3 アポロンをめぐる物語(恋人を死なせて―ブロック『ヒュアキントスの死』/ティエポロ『ヒュアキントスの死』;「時の翁」の伴奏で―プッサン『人生の踊り』 ほか);4 神々をめぐる物語(母の執念―レイトン『ペルセポネの帰還』;勝ち目のない闘い―ベラスケス『織り女たち』 ほか)