この数年、「Synthetic biology」という生物学研究分野の名前を聞くことが多くなりました。
数年前にCraig Venterがある細菌のゲノムを全て化学合成して入れ替えたという論文が出たことがあり、こういう研究のことなのかなあ、と勝手に思っておりました。その研究に関しては、ゲノムDNAを全て化学合成して入れ替えたのだから、これは一種の「人工生命」だとういう議論がありました。当時の私は、DNAを入れ替えただけなのだからそれはとても人工生命とは言えないし、そもそも一体何の目的でこんな研究をしたのだろう?と疑問に思った記憶があります。もちろんあのVenterがやったことですからなんらかの隠された深い意図があったはずです。テロメアでノーベル賞を受賞したJack Szostakも近年、似たような研究をしているようですが、彼の場合は「生命」というものを成り立たせているエッセンスを解明したいという動機があるようです。それで、無生物の人工的に合成したコンポーネントで生命現象の一部を代替するという実験を使う研究分野のことを、私は「Syntehtic biology」と呼ぶのだろうか、と何となく思っておりました。
ところが、実際のSynthetic biologyというのは、生命活動の成り立ちを解明するという目的ではなく、どうも高度の遺伝子操作などによってヒトにとってなんらかの有用性を生み出すように生物を操作すること(すなわち新しい生命現象を創り出すこと)を目的とするような分野なことのようです。なるほど。考え方としてばBiologyというよりはEngineering, Technologyという分野に含まれるべきでしょう。Bioengineering とという従来の分野とはどう違うのでしょうか? 分子遺伝学的手法を主に使ったBioengineeringを差別化して「Synthetic Biology」とかSynbioとか呼んでいるのでしょうか。
ならば、こういうのは、ある意味、ポエム化ではないのだろうかと思うのです。細かい喩えですが「Super enhancer」みたいなものではないかな、と思います。従来の概念と連続性もあり、厳密な定義も難しいのだが、差別化したいということではないだろうかと思います。新しい言葉は新しい概念があるように思わせます。
さて、Engineeringというのは応用科学であり、実際的な有用性を目指してなされる研究活動かと思います。EngineeringやTranslational Researchの分野が相対的に拡大傾向にあるのは、複数の理由があると思います。一方、生命現象の原理を解明するという目的であった「生物学」という分野が、これまでの知識の集積に伴って縮小していきつつありるようです。
生物学の隆盛の第一の理由は、生物学をやることで、カネにつながる有用な発見ができたからであろうと思います。抗生物質、抗がん剤、といった薬剤は、商品化され巨大な利益を生みました。ロッシュやノバルティスといった巨大製薬会社がほぼ純粋な基礎研究を目的とする研究所をかつては運営しており、そこから世界最先端の生物学研究が生み出されていました。いまや、そのような研究所はほとんど閉鎖されてしまいました。鳴り物入りでHarvardとMITの共同プロジェクトとして始まったBroad Instituteも近年は、出資者から最先端の基礎研究の知識以上に実際に役に立つものを生み出せというプレッシャーにさらされているそうです。Harvard Stem Cell Instituteのco-directorであるMeltonは、十周年目の会議のスピーチで、この10年でInstituteから、Nature, Cell, Scienceに300本ほどの論文が出たが、Nature論文をいくら患者に注射しても病気は治らないのだ、と述べました。NIH directorのコリンズは、progeria研究グループを現役で運営している医師研究者であり、わざわざ既存のinstituteを潰して、新たにtranslational medicine専門のセンターを作りました。つまり、知識の集積の時代は終わりつつある、何か役に立つ研究をしろ、という時代の趨勢 なのだと思います。
それで生物学をやっていた人々が、応用分野へと向かい、従来、生体を使った工学系分野に近づいてきたのではないかと思います。これらの出自の違うグループ、生物系グループと工学系グループが、近づきつつもお互いのアイデンティティーを保ちたい、そういう動機がSynbioという新しい名前の (古い?) 分野に生物系出身者を集めているのではないかな、と想像しております。
一応、特定の臓器で疾患との関連性の上ではやっていますが、比較的基礎的な研究をしている私にとって、(生命現象の理解を目指すことを第一目標とする)従来の生物学分野が縮小していることを感じるのは寂しいです。
数年前にCraig Venterがある細菌のゲノムを全て化学合成して入れ替えたという論文が出たことがあり、こういう研究のことなのかなあ、と勝手に思っておりました。その研究に関しては、ゲノムDNAを全て化学合成して入れ替えたのだから、これは一種の「人工生命」だとういう議論がありました。当時の私は、DNAを入れ替えただけなのだからそれはとても人工生命とは言えないし、そもそも一体何の目的でこんな研究をしたのだろう?と疑問に思った記憶があります。もちろんあのVenterがやったことですからなんらかの隠された深い意図があったはずです。テロメアでノーベル賞を受賞したJack Szostakも近年、似たような研究をしているようですが、彼の場合は「生命」というものを成り立たせているエッセンスを解明したいという動機があるようです。それで、無生物の人工的に合成したコンポーネントで生命現象の一部を代替するという実験を使う研究分野のことを、私は「Syntehtic biology」と呼ぶのだろうか、と何となく思っておりました。
ところが、実際のSynthetic biologyというのは、生命活動の成り立ちを解明するという目的ではなく、どうも高度の遺伝子操作などによってヒトにとってなんらかの有用性を生み出すように生物を操作すること(すなわち新しい生命現象を創り出すこと)を目的とするような分野なことのようです。なるほど。考え方としてばBiologyというよりはEngineering, Technologyという分野に含まれるべきでしょう。Bioengineering とという従来の分野とはどう違うのでしょうか? 分子遺伝学的手法を主に使ったBioengineeringを差別化して「Synthetic Biology」とかSynbioとか呼んでいるのでしょうか。
ならば、こういうのは、ある意味、ポエム化ではないのだろうかと思うのです。細かい喩えですが「Super enhancer」みたいなものではないかな、と思います。従来の概念と連続性もあり、厳密な定義も難しいのだが、差別化したいということではないだろうかと思います。新しい言葉は新しい概念があるように思わせます。
さて、Engineeringというのは応用科学であり、実際的な有用性を目指してなされる研究活動かと思います。EngineeringやTranslational Researchの分野が相対的に拡大傾向にあるのは、複数の理由があると思います。一方、生命現象の原理を解明するという目的であった「生物学」という分野が、これまでの知識の集積に伴って縮小していきつつありるようです。
生物学の隆盛の第一の理由は、生物学をやることで、カネにつながる有用な発見ができたからであろうと思います。抗生物質、抗がん剤、といった薬剤は、商品化され巨大な利益を生みました。ロッシュやノバルティスといった巨大製薬会社がほぼ純粋な基礎研究を目的とする研究所をかつては運営しており、そこから世界最先端の生物学研究が生み出されていました。いまや、そのような研究所はほとんど閉鎖されてしまいました。鳴り物入りでHarvardとMITの共同プロジェクトとして始まったBroad Instituteも近年は、出資者から最先端の基礎研究の知識以上に実際に役に立つものを生み出せというプレッシャーにさらされているそうです。Harvard Stem Cell Instituteのco-directorであるMeltonは、十周年目の会議のスピーチで、この10年でInstituteから、Nature, Cell, Scienceに300本ほどの論文が出たが、Nature論文をいくら患者に注射しても病気は治らないのだ、と述べました。NIH directorのコリンズは、progeria研究グループを現役で運営している医師研究者であり、わざわざ既存のinstituteを潰して、新たにtranslational medicine専門のセンターを作りました。つまり、知識の集積の時代は終わりつつある、何か役に立つ研究をしろ、という時代の趨勢 なのだと思います。
それで生物学をやっていた人々が、応用分野へと向かい、従来、生体を使った工学系分野に近づいてきたのではないかと思います。これらの出自の違うグループ、生物系グループと工学系グループが、近づきつつもお互いのアイデンティティーを保ちたい、そういう動機がSynbioという新しい名前の (古い?) 分野に生物系出身者を集めているのではないかな、と想像しております。
一応、特定の臓器で疾患との関連性の上ではやっていますが、比較的基礎的な研究をしている私にとって、(生命現象の理解を目指すことを第一目標とする)従来の生物学分野が縮小していることを感じるのは寂しいです。