百醜千拙草

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サイエンスの実力と運

2018-05-08 | Weblog
研究も、先立つものがあってはじめて成り立つわけで、グラントのネタを探してウロウロする毎日です。いろんな人とも話をし、自分の経験や利用できるデータベースも調べて、つくづく思ったことは、グラントは宝くじと変わらないということです。もちろん、数割ぐらいの基本のなっていないようなダメなグラントはダメですが、一定レベルのグランツマンシップはクリアしている残りのグラントの採択はほぼランダムといってよいのではないかと思います。これは同様に資金獲得に苦労している友人とも一致した意見です。ならば、ある一定レベルをクリアしているグラントであれば、それを当てるには数を打つという戦略しかないようです。

しかし、数を打つにもそれだけのグラントネタ、予備実験のデータ、それから実際にグラントを書く時間は必要であり、結局、バカにならない時間と労力を当たらないグラントに費やすことになります。当たらないグラントを書き続けたがためにに何の研究成果も出ないうちに研究ができなくなるという最悪のコースを辿らないようにバランスを工夫しないといけません。

しばらく前の東京新聞の社説で、最近のシミュレーションを使った研究の内容が紹介されていました。
週のはじめに考える 人生の成功は才能?運?
米科学技術雑誌「MITテクノロジーレビュー」の電子版がイタリア・カターニア大学のプルチーノ准教授らの論文を紹介していました。さまざまな人生をシミュレーションした研究で、タイトルは「才能と運 成功と失敗における偶然の役割」です。
、、、結論は「最も裕福な人々は(ある程度の才能はあるものの)最も才能のある人ではなく、最も幸運だったのだ」でした。、、
プルチーノ准教授らは、別のシミュレーション実験もしています。テーマは、科学研究資金の最も効果的な配分方法です。
 配分方法のモデルは(1)研究資金をすべての科学者に均等に配分する(2)一部の科学者にランダムに配分する(3)過去の実績の良い科学者に優先的に配分する-の三種類。最大の効果が得られたのは(1)の均等配分でした。
「実績のある科学者とは、過去に幸運に恵まれたということであって、将来も幸運に恵まれるとは限らない」と説明しています。幸運をうまく生かした科学者が成功するというのです。


私もなんとなく納得しました。あるレベルの才能、努力を継続できる能力があれば、あとは運だろうと思います。努力もせず運にも気づかないような人は幸運を掴むことはできないでしょうから、幸運を掴む能力、幸運に気づく能力、幸運に当たる確率を上げることができる能力、そうしたものが「才能」の本体かもしれません。

研究資金の配分に関しては、私も、1)をベースに2)と3)を加えたハイブリッドにするのが良いと思います。現状では、グラントのための予備実験や書く作業に50%以上の時間を費やす研究者も少なくないと思います。これらの努力は1-2割の確率でしか実らず、実験データも論文にもならずにお蔵入りすることも多いと思います。大変な量なの時間と労力の無駄です。加えて、これらのグラントを評価する仲間内の研究者の時間と労力もバカになりません。となると、この「カネとりゲーム」におそらく、研究者の人の5割ぐらいの時間が無駄に費やされている可能性があると思います。

ま、膨大な無駄だと思いますけど、実際にはその現実を受け入れていくしか、今の所、選択はありません。
それで、ネタ探しの一環というわけではないですが、先日、non-coding RNAをテーマにしたシンポジウムに参加してきました。半分は工学系で、いかにRNAや核酸アナログを治療目的で生体にデリバリーするかという核酸医薬の適用上の最大の問題にフォーカスしたものでしたが、残りの半分は、基礎的な話で、大変、刺激になりました。

著名人を数人集めた豪華なシンポジウムでしたが、ノーベル賞科学者でハワードヒューズ医学財団の前プレジデントのThomas Cechが話すというので、これまで話を聞いたことがなかったので、それを楽しみにしておりました。その話の内容は、PRC2と呼ばれるヒストン修飾コンプレックスとRNAの話でした。

PRC2はあるヒストン修飾を担う複合体でエピジェネティックに遺伝子発現を抑制するわけですが、ゲノム領域特異的にPRC2が制御されるメカニズムはいまだにはっきりわかっていません。

一方、PRC2が色々なRNAに結合するということは以前から知られており、7-8年前に、ゲノムから転写された制御領域のRNAがPRC2と結合してクロマチンの特定部位のサイレンシング起こすというモデルが提唱され、非コード領域のRNAはPRC2のリクルーターであるという概念ができました。が、今回の話では、Cechはこの問題に生化学的なアプローチで挑み、これを覆すデータを示しました。

その研究データやアプローチが大変、緻密でよく考えられており、しかも手法は50年も前からあるような生化学や分子生物の技術を使ったものであったので、私は大変感動しました。最近のハイインパクト雑誌に出る論文は、最新のシークエンス技術やコンピュテーショナル解析を組み合わせた大量データに基づくヒートマップや解読不明の図ばかりで構成されたようなものが多く、私の時代遅れの脳では図を解釈するだけでも容易ではないですが、このCechの研究は非常にわかりやすかったです。そして、このように十分に頭を使って緻密な研究を組めば、昔ながらの技術でも最新の問題に真正面から取り組んで、パラダイムを覆すような発見をすることができるのだ、やっぱり頭のいい人は違うのだなあ、と大変感心した次第です。

PRC2はヒストンの修飾コンプレックスで、その修飾ヒストンと共在しています。それで上述のように、PRC2がクロマチンに結合するメカニズムとして、まずRNAがリクルーターとしてクロマチンの特定部位にPRC2をつなぎとめて、クロマチンの修飾を促進し、その修飾ヒストンにPRC2が固定化され、それによって細胞分裂後にもヒストンの修飾が伝達されるというモデルが作られたのです。しかし、彼のグループの生化学的な解析で、PRC2の結合度を測定したデータによると、PRC2の修飾ヒストンへの結合は強いものではなく、数個のGを含むRNAへの結合の方がはるかに強いということがわかりました。またPRC2はDNAにも直接、結合し、その結合度はRNAよりは弱いということがわかりました。私は、これが発見へのキーとなるデータであったように思いました。生化学者ならではの実験で、普通に分子生物や細胞生物から入った人であれば、PRC2の結合アフィニティの違いを検討するというような発想さえ湧かなかったでしょう。

それから様々な生化学的実験を積み重ねて、PRC2のDNAの結合はRNAによって競合的に阻害されること、PRC2は転写活性がある遺伝子のヌクレオゾームの間のリンカー部位に結合する、などのデータを示した上で、実はPRC2は転写されるRNAによって競合的にDNAへの結合が阻害され、よって抑制性ヒストン修飾が阻害されるという従来とは逆モデルを提唱しました。つまり、アクティブな遺伝子はその転写される制御領域のRNAによってPRC2がクロマチンに結合することを防いでいるというモデルです。

話の内容も素晴らしかったですが、聴衆の質問に対しても完璧な答えが用意されており、おそらく話した内容の何十倍もの緻密な実験がなされて多角的に知見が積み重ねられた上でのエッセンスを話したのだろうと想像できました。
本当のサイエンスの実力とはこういうことなのだろうと思い知らされました。ま、これも幸運を掴んで、潤沢な資金と優秀なポスドクや学生に恵まれるという環境を手に入れたからこそなのかもしれませんが。
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