変わりない日々が続いており、心臓の状態もいいです。ストレステストをしていないので、どれほど心機能が改善したのかは今月末のMRIと来月のエコーまではわかりませんけど、とくに不整脈もなく、通常の日常の活動には問題ありません。運動すれば気分が上がりますけど、コロナでジム通いを止めてから随分たちますし、もともと運動が好きというわけではないので、そう不満はありません。なにより、毎日が平穏なのはありがたいと思います。普通の生活が送れるのは幸せだなと実感しています。
と思っていたら、スウェーデンの知り合いからメール。仕事がらみの連絡でしたが、家族全員コロナにかかってしまったということが書いてありました。娘さんと息子さんとの四人家族ですけど、コロナは熱もなく非常に軽い症状だったのに、大人二人は味覚と嗅覚がやられてしまったのだとのこと。香りが全く感じられなくなり、味覚は部分的に障害を受けたので、料理するときに塩加減が分からないので、無塩の料理をしているとの話。
生命に関わる症状ではないものの、食べ物の香りや味が分からないとなると、人生の喜びの1/3ぐらいを失ったに等しいのではないだろうかと思います。
今朝食べた週末作り置きしたカレーは、塩抜きができていない干し鱈をいれたので、大変塩っぱかったのですけど、しょっぱさがわからないというのはしょっぱすぎる食べ物を食べるよりも辛いだろうなあと想像しました。
適当な塩梅の味加減、普通の平穏な人生というのはありがたいものです。英語で、不良品の中古車などを酸っぱい経験をさせられることからレモンといいますけど、何の味もしない人生よりは、酸っぱくても味がする方がマシではないだろうか、と塩っぱすぎるカレーの味を思い出しながら考えました。そう思うと平穏で普通の味がする日々こそが最上なのだと感じます。小津の名作「秋刀魚の味」に秋刀魚が出てくるとしたら、それは、旨味とワタの苦味がちょっと混じった、普通に想像する通りの味がするのだろうと思います。