ピアレビューと論文出版の問題について、長々と書いてきました。私はピア レビューを通じて論文の出版の適否を決めるやりかたを廃止することを提言してこの話を終わろうと思って、その話を書き始めたところでしたが、最近のNature MedicineのフロントページでCOVID研究におけるpre-printの役割について考察した記事があったので、ちょっと予定を変更して、それをリンクしたいと思います。Pre-printは出版前の原稿をレビュープロセスを経ずに公開しますから、ピア レビューのない発表方法であり、かつ高額の出版料とも購読料とも無縁です。この発表方法の弱点や欠点も当然ありますけど、私は益の方がはるかに大きいと思います。
ところで、生命科学における研究のトレンドを出版論文数によって解析したデータをしばらく前、Twitterで目にしました。論文出版のデータベースが使える期間内での解析ですけど、COVID関連の論文数は圧倒的でした。二位はたぶん結核関連の研究ですが、何十年にもわたるがん研究やその他の研究分野をはるかに圧倒する数の論文がこの二年ほどで出版されたのです。それが起きた理由の一つのはpre-printにを通じた迅速な知見のdisseminationであったと私は思います。
下の記事で、今回のCOVID研究発表の経緯を通じて、著者は、オープンサイエンスのあり方、ピアレビューの問題、研究論文によって研究者の評価が行われることの問題、科学的厳密さと迅速さやインパクトのコンフリクトが論文の質に与える影響など、例をあげてバランスのよい考察をしています。オープンサイエンスの流れは加速するのは間違いないでしょうが、そこで生まれるであろう問題はオープンサイエンスそのものから生じているのではなく、研究者の発表研究の評価方法の問題でから派生すると思います。もっと踏み込んで言えば、研究や研究者を評価してランク付けしてポジションやカネを競わせる業界の資本主義的システムにつきものの問題であると思います。
ちょっと長いので、半分以上端折りましたが、興味のある人は原文をDeepLしてみてください。
中国・武漢で発生した肺炎の集団事例を知ってから2週間以内に、世界保健機関(WHO)はSARS-CoV-2と呼ばれることになる新型コロナウイルスに関する最初のガイダンスを発表した。その数日後、オープンアクセスのプレプリントサーバーbioRxivにCOVID-19に関する最初のプレプリントが掲載された。この研究は、入手可能なわずかな情報に基づいて、ウイルスの感染性をモデル化しようとするものであった。、、、、
COVID-19に関する論文は、パンデミック発生から4カ月間で19,389件も共有され、その3分の1がプレプリントで、フィルターを通さず、誰でも見ることができる。この数は、科学者たちがCOVID-19の治療薬の発見、ワクチンの開発、ウイルスの変異体との格闘を急ぐにつれて、着実に増えていった。プレプリントは、迅速なデータ共有に役立ち、研究を促進することになった。しかし、それは同時に、科学的プロセスの内幕を新たな読者にさらし、パンデミック研究の最良と最悪の状態を露呈することにもなった。、、、「われわれはオープンサイエンスの道を進んでおり、その道はさらに加速される」、、、 「私たちの選択は、それを止める止めないではなく、どう責任を持って進めるかだ」
、、、プレプリントの利点で、明らかに際立っているのは、英国のRECOVERY試験の最初の結果である。、、、デキサメタゾンは薬局の棚にあるような安価で一般的なステロイド剤で、呼吸補助を受けている重症患者の死亡率を最大で1/3まで減少させた。「昼休みに発表したら、お茶の時間には、(デキサメタンソンが)イギリス全土で使われていた」、、、、デキサメタゾンが世界的に大きな影響を与えたにもかかわらず、ホービー氏は、プレプリント出版のスピードは諸刃の剣であると言う。危機的な状況下での迅速なデータ共有が可能になり、研究者はフィードバックを受けて研究を改善することができる。しかし、プレプリントは、拙速な科学から生まれた魅力的な結果が、批評を受ける前に一般の読者に届くという門戸を開くものでもある。
、、、もはやオンライン上に存在しない一つのプレプリントがある。2020年4月初旬にSSRNサーバーに投稿されたこの観察研究では、抗寄生虫薬イベルメクチンが生存率を向上させることが示唆された。このデータ(現在は信用されていないSurgisphereデータベースのもの)は、当時のアフリカ大陸での症例数よりも多くのアフリカ人患者を含んでいた。しかし、この研究論文は5月に消える前に、ペルー政府に提出された白書に引用され、COVID-19の治療にイベルメクチンを使用することが推奨され、その翌週には、国の政策として採用されてしまった(ただし、これは後に撤回された)、、、その影響は大きかった。イベルメクチンの人気は、この薬がきちんとテストされる前に急上昇してしまい、この誇大広告が甚大な被害をもたらしたのだった。
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査読の問題 - パンデミックの出版ペースは、査読の欠点も拡大させた。査読に通ることが質の高い科学と認定されることとイコールであると考えるならば、ジャーナル出版物は未審査のプレプリントよりもはるかに危険である可能性がある。、、、ヒドロキシクロロキンの場合、「方法論的に重大な欠陥」があるフランスの研究が、投稿から1日も経たないうちに2020年3月に出版が認められ、この薬剤の世界的な需要を煽ることになってしまった。、、、9ヵ月後、ヒドロキシクロロキンはCOVID-19の治療には役に立たないという有力な証拠があるにもかかわらず、依然として通常レベル以上に処方されていたのである。そして、この論文は撤回されていない。、、、また、世界で最も権威のある医学雑誌『The Lancet』と『The New England Journal of Medicine』に掲載され、撤回された2本の論文は、調査の結果、大規模な実データが捏造されていたことがわかった。サージスフィアのスキャンダルは、科学とピアレビューのあり方そのものに疑問を投げかけることになった。
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プレプリントの提唱者であるゴパラクリシュナ氏は、オープンサイエンスの推進は、研究の質を向上させるためのより深い努力と手を携えて行わなければならないと述べている。これには、データの完全な共有、試験開始前の研究プロトコルの登録報告書の公開、透明性と説明責任を高めるために政策決定に使用されたモデリングの公開などが含まれる。
ゴパラクリシュナ氏はまた、研究者や大学、研究機関が問題のある研究慣行について議論することさえ嫌がることを懸念している。、、、、「私たちは論文の数で報われているのであって、科学の質や厳密さ、査読への貢献で報われているのではありません」と彼女は言います。学術界の「Publish or Perish(発表するか、廃業するか)」精神が、研究者に大げさな研究や中途半端な研究を早く発表する逆インセンティブを与えていることにChaccour氏は同意しています。、、、
ゴパラクリシュナ氏はまた、研究者や大学、研究機関が問題のある研究慣行について議論することさえ嫌がることを懸念している。、、、、「私たちは論文の数で報われているのであって、科学の質や厳密さ、査読への貢献で報われているのではありません」と彼女は言います。学術界の「Publish or Perish(発表するか、廃業するか)」精神が、研究者に大げさな研究や中途半端な研究を早く発表する逆インセンティブを与えていることにChaccour氏は同意しています。、、、
"Publish or Perish"、つまり"弱肉強食"の競争社会で、限りあるカネをポジションを奪い合うというアカデミアのシステムそのものが、科学研究のインティグリティを損なう根本原因であって、ピア レビューだとか規制強化とかの対症療法をいくら重ねても根絶はできないでしょう。むしろ、そういう部分に割かれる研究者自身の時間や労力はマイナスではないでしょうか。というわけで、続きはまた今度。