今回のパルティータ2プロジェクト、この春から再開し、毎日10分ほどの練習を少しずつ続けて、ようやく5曲目のロンドに手をつけ始めました。これが終わると、最後の山場のカプリッチオです。今回こそは全曲通しで弾けるようになるまで頑張りたいと思います。
実は、このプロジェクトの再開にあたり、「6つのパルティータ」全曲と「フランス風序曲」が収載された楽譜を古本で手に入れました。クラッシック音楽の楽譜は大まかに原典版(urtext)と改訂(編集)版に分けられます。原典版は最も最初に出版された形に近いもので、改訂版は後の人々が原曲の解釈や指遣いなどを加筆、編集したものです。バッハの晩年になるまで現在のようなピアノは存在しなかったので、現在ピアノで演奏されるバッハの鍵盤曲のほとんどはチェンバロかオルガン用に書かれたものであり、またバッハ自身は演奏上の注釈をあまり加えなかったので、ピアノでバッハの曲をどのように演奏するかは演奏者の解釈に大きく委ねられます。ですので、ピアニストの解釈や指遣いなどが加えられている改訂版は、私のような素人学習者に向いています。私が手に入れた楽譜は、Hans Bischoffというバッハよりさらに200年ほどあとに生まれたドイツのピアニストが編集し1882年にドイツで出版された改訂版の英語翻訳版で、初版がニューヨークの出版社から1942年に出ています。手元にあるのは五十年は経ってそうな楽譜で、70-80年代のピアノブームの時にピアノ学習者が使っていたものではないかと想像されます。ピアノブームが終わり、デジタルピアノの出現もあって、日本で百社以上あったピアノメーカーもほとんどが淘汰されてしまい、高度成長期の豊かさの象徴でもあった昔のピアノが、しばしば処分に困る大型ゴミとして扱われている現状を見ると寂しいものがあります。
さて、「6つのパルティータ」は4巻ある「クラヴィーア練習曲集」の第1巻に収められております。2巻は下に述べる「イタリア協奏曲」と「フランス風序曲」、3巻は基本的にオルガン曲集で、4巻がバッハの鍵盤曲の最高峰、「ゴルトベルク変奏曲」となっています。
話が逸れますが、「ゴルトベルク変奏曲」の最初のアリアは映画などさまざまに使われているので有名なメロディーかと思います。普通の変奏曲では、主題となるメロディーははっきりしていて、変奏のパートが発展していくのが明らかなのですが、この変奏曲では主題が主音律で演奏されていないので、普通に聞いたのでは主題がわかりません。そのあたりの説明を含めこの曲の解析と解説をするだけの知識は私にはないので、それは専門家に譲りたいと思いますが、緻密にやればこの曲の解説だけで分厚い本にはなるでしょう。表面的ではありますがウィキペディアでの解説をリンクしておきます。ゴルトベルグを全曲弾くのは私には絶対無理だし、バッハ弾きのSchiffも安易に手を出してはいけないとピアノ学習者に警告しているほどですから、私はプロの演奏を楽しむだけにします。
さて、クラヴィーア練習曲集一巻の「6つのパルティータ」ですが、1番から6番までのkeyは、B♭、C、A、D、G、そしてEとなっています。つまりルートの音が1番から順番に+2度、-3度、+4度、-5度、+6度で変化していくという仕掛けになっています。そして、6つパルティータの入っているクラヴィーア練習曲第1巻に続く「クラヴィーア練習曲第2巻」の方には、「イタリア協奏曲」と「フランス風序曲」が収載されていますが、「イタリア組曲」のkeyはFで、6番目のパルティータのkeyである Eとイタリア協奏曲のkeyである F の間は-7度であり、クラヴィーア練習曲間でkeyが連続的に変化するようにバッハが意図しているのがわかります。これらパルティータ6曲とイタリア協奏曲のkeyを合わせると、C、D、E、F、G、A、B♭(ドレミファソラシ♭)になり、これに第二巻のもう一つの曲、「フランス風序曲」のkeyである Bを加えることによって、「調 (tonality)」が完成する、とこの本の解説に書いてあります。「フランス風序曲」は最初、Cのkeyで書かれたそうですが、おそらくこうした理由で、わざわざBのkeyに転調されたと考えられているそうです。転調が簡単にできたのもバッハの時代に確立した近代調律法のおかげでしょう。調律法の話は、もし将来、バッハの「平均律」を練習するようなことになった時にでもしたいと思います。またBの音(シ)はドイツではHとも書かれたらしく、B♭(B)で始まったクラヴィーア練習曲一巻と二巻がHの調で終わることでBACHという名前の最初と最後の文字を表しているとも解釈されているそうです。
話がずれますが、BACHという文字はアルファベットの順番に当てはめると2, 1, 3, 8で、これらの数字を全部を足すと14になります。Wikipediaにもあるように、バッハは自分の名前からこじつけた14という数字にこだわりがあったようで、作曲においても14という数字がしばしば現れるように書かれています。曲が14小節からなるように書かれていたり、音数が14になるように修飾音を工夫したりした跡が見られるそうです。またプロテスタントのキリスト教徒であり長らくライプツィヒの教会で音楽を担当していたバッハは、三位一体を象徴する3という数字や十字架を示す4つの音にもこだわっていたようです。ゴルトベルクで14のカノンが3変奏ごとに出てくるのもそんな理由のようです。こうした音楽的必然性とは別のバッハのこだわりはさまざまな形をとって曲の中に仕掛けられており、面白いものでは、ある手書きのオリジナルの楽譜でパッと見た時に十字架が現れるように音符を並べてあったりするものもあります。
このようにバッハの音楽には、数々の隠れたやメッセージや意図が隠されており、また、曲そのものも数学的に計算された緻密な構造をとっていることが、専門家によって研究、解明されています。残念ながら、私のレベルではバッハの音楽に仕込まれているこれらの仕掛けや構造美や宇宙観を十分に理解することはできません。それらを学ぶことと、バッハの作曲の音楽理論的解釈は完全引退した後の老後のプロジェクトの一つになる予定です。
さて、クラヴィーア練習曲集の二巻目に収められた「イタリア協奏曲」と「フランス風序曲」ですが、イタリア協奏曲は「急緩急」の三楽章の形をとり、右手と左手がソロ楽器とオーケストラが協奏するかのように書かれた曲で、明らかに舞曲組曲のパルティータとは構成が違います。一方、「フランス風序曲」の方はクラント、ガボット、サラバンド、ジークなどからなる典型的舞曲の組曲であるため、この曲の方は、別名「ロ短調(B moll)パルティータ 」とも呼ばれています。こういう事情で、この本では「フランス風序曲」を7つめのパルティータとして6つのパルティータと一緒に一冊に収載したようです。ただしこの組曲は全11曲からなり、演奏時間も30分を超えるので、通常のパルティータの約2倍の規模になっています。このフランス風序曲も美しくも壮大な組曲ですが、私にとっては高すぎる山で、当面は眺めるだけです。どうせなら、この改訂版の楽譜には、イタリア協奏曲を加えて、「クラヴィーア練習曲集一巻および二巻」としてまとめても良かったのではないかと思うのですけど、あえてイタリア協奏曲をはずした編集者は舞曲組曲にこだわったのでしょう。不思議なのは、こういう理由なら、どうしてバッハは最初から6つではなく8つのパルティータを書かなかったのかという点です。6つのパルティータのあとに、まるでつじつま合わせのように舞曲組曲ではないイタリア協奏曲とわざわざ転調までしてフランス風序曲を加えたのはなぜでしょうか?
私は勝手に、バッハは3 x 2 = 6という数字にこだわったのではないかと考えています。例えば、バッハの無伴奏バイオリンのためのソナタとパルティータは3曲ずつの合計6曲の構成で、バッハの好きな3を二つ組み合わせた数となっていることを思うと、鍵盤のパルティータの曲数も3の倍数でなければならなかったのではないかと想像しています。ま、これは勝手な想像なので、知っている人がいたら教えてください。
さて、今回は、パルティータではなくゴルトベルクの演奏を拾ってみました。
最近の若手で心に響いたピアニスト、Beatrice Rana の演奏。Goldberg変奏曲からアリア。
現代音楽の作曲家、演奏家として知られている鬼才、高橋悠治氏によるユニークな解釈による同曲、アリア。1970年ごろ。ピアノを弾くのは年金では食べていけないからだそうですが、、、
そして、この曲のおそらく最も有名な演奏者、グレン グールドが死の前年に行った二度目のレコーディング(1981年)全曲。グールドは若い時にこの曲のレコーディングでデビューして名声を博しましたが、私は年をとって多少丸くなったグールドのこの二度目の演奏が好きです。