百醜千拙草

何とかやっています

民数記にみるユダヤの心 (1)

2023-10-17 | Weblog
イスラエルが宣戦布告をして以来の長い一週間でした。ちょうど山上被告のアベ殺害によって、統一教会の被害や政治腐敗の数々の問題が再び暴きだされたように、ハマスのイスラエルの攻撃によって長年のパレスティナ問題に再び世界が関心を向けることになりました。最終的にどのようにこれを解決していけば良いのかはわからなくても、多くのパレスティナ人が、命と財産と土地を奪われ、難民となり、そしてガザや一部の地域に閉じ込められて自由と尊厳を奪われ続けてきたという現状は改められなければならない、という思いは再び多くの人々によって共有されたのではないでしょうか。

人間が人間の都合で動物を利用し、殺して食糧にするように、帝国主義時代のヨーロッパ人はアフリカやアジアに侵攻し、力で土地の人々を奴隷にし、虐殺し土地を奪い富を収奪しました。日本にやってきたアメリカは大砲をみせて開国を迫り、日米通商条約という不平等な取り決めを押し付けました。つい最近まで、強いものが弱いものを自由にするのは強いものに許された権利であると、ヨーロッパ人は考えていました。ヨーロッパ人に限らず、弱肉強食、適者生存は世の常でした。日本も同じで、国内では戦国時代もそうでしたし、明治以後は西欧流の帝国主義に傾倒し、アジア諸国に侵攻し、「日本人は最も凶暴で好戦的な民族」と欧米諸国から警戒されるようになりました。

さて、土地を持たず権利を制限された弱者であったユダヤ人が、自らの国土を持ち価値観を共有する者同士からなるコミュニティーを確立したいと思うのは当然の欲求だと思います。そして、シオニズムに燃えるユダヤ人が、国家を創るとなればエルサレムを含むパレスティナの地以外にないと考えるのはもっともです。しかし、そこにはすでにアラブ-イスラム系の住民が住んでいました。シオニストにとれば、ユダヤでない先住民は邪魔です。そして、イスラエルの建国と発展は下に述べるように悪名高い虐殺から始まり、立場の弱いパレスティナのアラブ系住人を迫害し、天井のない牢獄と呼ばれるガザに彼らの多くを封じ込め、パレスティナの土地を収奪し入植者を増やすことによって進められてきました。これが80年近くにわたっての建国前から今日に至るイスラエルの歴史であると言えなくもありません。

改めていうまでもなく、ユダヤ人=イスラエル人=シオニスト=極右イスラエル軍ではなく、モスリム=アラブ人=パレスティナ人=ハマスでもありません。大多数のユダヤ人は平和な生活を望む普通の人々でしょう。一方で、パレスティナ人の恨みは深いでしょうが、そういう彼らも同じく平和で殺し合いのない世界を望んでいるのは同じだと思います。しかし、ユダヤ人の一部にパレスティナ人を迫害し土地を奪い虐殺するのも彼らの目的を達成する上でやむを得ないと考える人々がいて、パレスティナの中にも彼らの迫害の歴史を逆転させるには、一般イスラエル入植者を殺し、人質にしてでも彼らの怒りを表明する必要があると考える人々がおり、そうした一部の人々の間の、いわば「エゴ」の張り合いが、今回の多大な一般人の犠牲に繋がったのだと私は解釈しております。普通の生活を奪われた大多数のイスラエル人もパレスティナ人も犠牲者であります。しかし、今回の戦争に至った経緯には歴史的に積み重なった原因というものがあります。

イスラエル建国直前、シオニスト右派軍事組織は、エルサレム近郊のパレスティナ アラブ住民が住むヤシン村において、子供、妊婦、女性を含む少なくとも100名以上の村民を、暴行の上、虐殺しました(デイル・ヤシーン事件  建国初期イスラエルにおけるデイル・ヤーシーン事件の語り)。直後、イスラエルは1948年建国を宣言。このヤシン村のユダヤ人による虐殺が周辺のパレスティナ人を恐怖させ、75万人のパレスティナ難民を生み出すことになりました。このヤシン村虐殺は、シオニストがエルサレムを将来的に占拠するのに、都合が良いという理由で行われたようです。比較的ユダヤ人入植者に友好的であったこの村の村民を、手前勝手な理由で虐殺したのが建国前イスラエル軍の一部の組織でした。

今回のハマスによるイスラエル入植者への攻撃は「アクサーの大洪水」というコードネームで呼ばれています。かつてユダヤ人がエルサレムにあるイスラムのモスクであるアクサーに踏み込んで蹂躙した事件に拠っているそうです。つまり、二年間を費やして計画した大規模な「自爆テロ」とでもいえるような今回のハマスの攻撃は、パレスティナ村民を虐殺したユダヤのシオニスト同様、宗教的動機も大きかったのではないかと想像するのです。その点で、言葉は悪いですが、今回のハマスの攻撃を、75年前に起こった「ヤシン村虐殺」の意趣返しであった、力で及ばずガザという天井のない牢獄に閉じ込められたパレスティナ人の「恨み」のこもった最後の抵抗であったと解釈することもできるのではないかと思っておるわけです。

今回、イスラエルがハマス支配下のガザに宣戦を布告し、イスラエル国防省長官が、ハマスを「人間の姿をした獣」だ、と発言し、ガザ全体を兵糧攻めすると明言しました。私は、パレスティナ人から土地を奪い、難民化した240万人のパレスティナ人を狭いガザに閉じ込めて困窮させた上に兵糧攻めによって、民族殲滅を目論む方がよっぽど、人間の皮を被った悪魔であろうと思ったわけですが、この言葉を聞いて、これはユダヤ人シオニストの本音だと直感しました。つまり、彼らシオニストはパレスティナ人を最初から人間ではなく家畜程度にしか思っていないのではないか、それが「人間の姿をした獣」という表現となって、自然に口に出たのではないかと思ったのでした。このことは旧約聖書の神の言葉からも窺い知れると思うのですが、それはまた次回にこの続きで触れたいと思います。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする