● 近くのショッピングセンターの「繰り返しの美学」。買い物に出掛けた時に撮った写真です。設計者が繰り返しの美学を意識していたかどうかは分かりません、単に建築の生産性の向上、その結果として得られるコスト縮減を目指しただけなのかもしれません。
工場での生産性を向上するために繰り返しのデザインを採用する、同じデザインを繰り返す。このことは近代建築のデザインと決して無関係ではないと思います。いつかこのことに触れる機会があるかもしれません。
設計者の意図はともかく、繰り返しという結果をどう読み取るかということなんですね。それを美学と捉えているわけです。
下に示す例は建築の生産性とは無関係です。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%94%BB%E5%83%8F:KyotoFushimiInariLarge.jpg
↑ 伏見稲荷の赤い鳥居の繰り返し。
**赤い鳥居を千本もくりかえすことでデザインとしての奇抜さを生み、畏怖感のようなものを表現している。平凡なものの集合はときとして芸術にまで高められるのである。** 前にも一度紹介した建築家の出江寛さんの指摘を再掲しておきます。(別冊新建築 日本の現代建築家シリーズ⑬ 出江寛 1989年発行)
京都へ「繰り返しの美学」探しの旅に出かけたいと思うようになりました。五重塔や桂川に架かる渡月橋の橋桁、三十三間堂の列柱などを繰り返しの美学として捉える・・・。
春の雅な京都、いいでしょうね。
http://www.orsay3.com/
http://www.asahi.com/pompidou/
● 東京にパリがやってきた。オルセー美術館展が上野の東京都美術館で、ポンピドー・センター所蔵作品展が六本木の国立新美術館で開催されている。
昨日のTV番組「新日曜美術館」ではオルセー美術館展が紹介されたのではないかと推察する。録画に失敗して番組を見ることが出来なかった。老人力 バンザイ!
「オルセー美術館」はパリ万博の際につくられたオルセー駅を再生した建築として有名だ。オルセー駅はどうやら開業後35年で役目を終え、取り壊しが決まっていたらしいのだが、市民の反対運動によって保存再生が決まったということだ。
駅舎の時代を象徴する大きな時計はそのまま残されていて美術館のシンボルともなっているので、この美術館を紹介する写真によく写されている。 駅舎を美術館として再生するという発想に驚かされるし、駅舎の建築的な質の高さにも驚かされる。
一方「ポンピドー・センター」は国際コンペによって選ばれた作品を実現した芸術館だが、およそ30年前パリの街並みに出現した「異物」に賛否両論、議論が沸騰した(設計したのはレンゾ・ピアノ氏とリチャード・ロジャーズ氏)。その際よく引き合いに出されたのがエッフェル塔だった。エッフェル塔は今ではパリのシンボルとして凱旋門と共によく知られているが、完成した直後はかなりの不評だったということだ。
ヨーロッパの古い街並みのなかに出現したエッフェル塔やポンピドー・センターは都市の「ゆるやかな秩序の美学」に時として必要になるアクセントなのかもしれない。そう、以前紹介したこの写真の消火器のような存在、と見立てることができるのではないか、ふとそう思った。
日本では完成した建築のデザインをめぐって議論が巻き起こるということはほとんど無い(京都タワーについてはかなり異を唱える市民もいたというが例外的な事例だろう)。建築や都市の美について関心の低さを示していると言っていいだろう。
パリから東京にやってきたふたつの美術展、今回はその所蔵館について少し書いた。いつか作品の感想を書かなくては・・・。