透明タペストリー

本や建築、火の見櫓、マンホール蓋など様々なものを素材に織り上げるタペストリー

「神も仏も大好きな日本人」

2013-10-25 | A 読書日記



■  『神も仏も大好きな日本人』島田裕巳/ちくま新書 を読み終えた。なるほど!な箇所に付箋を貼って読んだ。その数が多かった(写真)。

東京国立博物館平成館で開催された「大神社展」を6月に観たことはすでに書いた(過去ログ)。全国各地の神社のお宝が大集合したこの展覧会で多くの神像を観たが、仏像とよく似た姿の像が少なくなかった。本書を読んでそれが当然のことだと理解した。書名の通り、日本人にとって神と仏は不可分な存在なのだ。本書を神と仏、神道と仏教、神社と寺院の密接な関係に関する論考と括ってもいいだろう。

ところで本書に「伊勢神宮は古代のままか」という小見出しの論考がある。唯一神明造と呼ばれる正殿は20年に1度の式年遷宮で1300年前もから寸分違わぬ姿で更新されて来たと言われている。

著者はこのことに疑問を呈していて、正殿の特徴といえば白木造りと棟持柱だが、朱塗りの時代があったのではないか、棟持柱の無い時代があったのではないか、というのだ。こんな指摘を読んだのは初めてだ。若者なら「マジかよ!」となるだろう(こんな表現はもうしないのかなぁ)。このことに触れるのはタブーなのかもしれない。

「伊勢神宮参詣曼陀羅」と呼ばれる伊勢神宮境内を描いた絵図(室町時代末期から安土桃山時代に描かれたと考えられている)があるそうで、そこには右半分に外宮、左半分に内宮が描かれているという。で、この曼荼羅に描かれている正殿には棟持柱が無いのだそうだ。そして一般の社寺建築同様、朱に塗られているという。「伊勢両宮曼荼羅」という別の絵図の正殿にも棟持柱が無いそうだ。ただし朱塗りではなく白木造りだそうだが。

これらの絵図の正殿がはたして本当の姿に描かれているのかどうか。でも棟持柱を省略してしまうことはないだろうし、白木造りを朱塗りに描くこともないだろう。

**神明造の特徴とされる大きな棟持柱も、過去の絵図には描かれていない。その点で、古代からの伝統がそのまま受け継がれているという保証はない。伊勢神宮も神仏習合や密教の信仰の影響を受けてきたわけだから、単純に古代からの伝統がそのまま引き継がれていると考えるわけにはいかないのだ。**(177頁) このように著者は述べている。

なるほど確かに戦国時代には式年遷宮が120年以上も途絶えていたということが知られていて、この長いブランクで本当の姿が正確に伝わらなかったということは考えられる。

いやいや、何か目論見があって絵図ではそのように表現しているのではないか。意図的に事実とは違う姿に描いた、ということはないだろうか。棟持柱も白木造も外観上最も分かりやすい特徴だから、長い空白期間があってもきちんと伝わるだろうに・・・。

信じ難い指摘に、神も仏も大好きな日本人はこのように考えてしまうのでは。


さて、来月の「京都・奈良 大人の修学旅行」に備えて和辻哲郎の『古寺巡礼』!