透明タペストリー

本や建築、火の見櫓、マンホール蓋など様々なものを素材に織り上げるタペストリー

「潮鳴り」葉室麟

2016-06-27 | A 読書日記



 『潮鳴り』葉室 麟/祥伝社文庫を読み終えた。

主人公の伊吹櫂蔵は勘定方を務めていたが、大坂商人との大事な宴席での失態がもとでお役御免となる。その後、家督を異母弟に譲り、海辺の粗末な漁師小屋で物乞い同然の暮らしをしていた。

そしてお芳。足軽の娘だったお芳は父親が病に倒れたことから料理屋で働かなくてはならなくなった。お芳は心奪われた若い藩士にもてあそばれ、金を貢がされた挙句、**「江戸詰めになったゆえ、もう会えぬ」**とあっさり別れを告げられる。その藩士が自分だけではなく、何人もの女を慰み者にしていたことが分かってから、料理屋で言い寄る男たちに体を売るようになる。

櫂蔵もお芳の店に入り浸って酒を飲み、お芳と床に入る。賭場にも出入りして、実家から送られてくる金は泡と消える。

**「わたしは襤褸蔵と蔑まれるまで堕ちた男だ。だから、世間など怖くはない。これからは、襤褸蔵の意地を見せて生きてやろうと思う。そして、お芳が言った、落ちた花は二度と咲かぬという世の道理に、抗ってやろうと思う。だから頼む。わたしのそばにいて、この闘いの行く末を見届けてくれぬか」**(88頁)

櫂蔵がお芳に女性に向かって言うこの言葉にこの小説のテーマが集約されている。

櫂蔵のこの言葉にお芳は**「咲きゃしませんよ。どんなにしたって、一度落ちた花が咲くもんですか。わたしにはわかっているんです」**(88頁)と答える。

櫂蔵とお芳に加えてもうひとり、俳諧師の咲庵。もとは江戸の呉服問屋の大番頭を務めていたが、店を辞め、妻も子も捨てて江戸を出た男。

櫂蔵は捨ててしまった武士としての矜持を取り戻すことができるのか、悪の陰謀にはまり自死した弟の無念を晴らすことができるのか、お芳とともに咲かないはずの花を咲かすことができるのか・・・。

櫂蔵は継母染子の暮らす伊吹屋敷にお芳と咲庵とともに帰る。櫂蔵は弟に代わり家督を継ぎ、新田開発奉行並として出仕することになる。それから弟の自死の真相を探り始める。次第に明らかになる藩の暗部・・・。 

**「(前略)見るからにその女子は商売女ではありませぬか。さような者を家に入れることができると、本気で思っておいでですか」**(101頁)から始まる継母染子とお芳との関係の推移も読みどころ。その結末は書かない。