■ 辰野町小野のしだれ栗を初めて見た。その名前は前々から知っていたが、今まで見る機会がなかった。
現地の案内看板にはふたつの言い伝えが紹介されているが、実際にはシバグリの突然変異で出来たらしい。シバグリはヤマグリとも呼ばれ、縄文時代から山に自生していたクリで、様々な品種の原種だということを知った。なるほど、枯れた木の枝ぶりは一般的な木とは明らかに違う。こんな枝ぶりのしだれ栗に覆われた山の斜面は確かに「奇観」。
■ 辰野町小野のしだれ栗を初めて見た。その名前は前々から知っていたが、今まで見る機会がなかった。
現地の案内看板にはふたつの言い伝えが紹介されているが、実際にはシバグリの突然変異で出来たらしい。シバグリはヤマグリとも呼ばれ、縄文時代から山に自生していたクリで、様々な品種の原種だということを知った。なるほど、枯れた木の枝ぶりは一般的な木とは明らかに違う。こんな枝ぶりのしだれ栗に覆われた山の斜面は確かに「奇観」。
■ 10月の読了本はこの4冊。いずれも再読。
『冬物語』12編の短編集。**刻々と移りゆく夕空の色彩の豊かさに思わず息を飲み、目を奪われてしまう。**「川岸にて 19頁」 自分が自然に生かされている存在であることを意識すること、自然が疲れた心を癒やしてくれる。
『生きのびるからだ』エッセイ33編。「身の世話を受けた記憶」早くに母親を亡くし、祖母に育てられた著者。
その祖母に我が母が重なり涙・・・。
『阿弥陀堂だより』妻とともに信州の田舎にUターンした主人公。阿弥陀堂で暮らす老婆、老婆に取材して村の広報に「阿弥陀堂だより」を書く役場の若い女性職員ほか村人との静かな交流。
『方丈記』解説に**朗読するにふさわしい、よく整った格調の高い行文で、文章家としての長明の面目躍如たるものがある。**(133頁)とある。音読してみたが、確かに文章に一定のリズムがあることが分かった。若い頃、全文を暗記すればよかった。
**ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。よどみに浮かぶうたかたは、かつ消えかつ結びて、久しくとゞまりたるためしなし。世中にある人と栖と、又かくのごとし。** まあ、ここに長明の無常観が端的に表現されているわけで、このくだりを覚えていれば十分か・・・。
撮影日時 161030 05:49AM
やや紫味を帯びた薄いベージュ色の空。
遠くに見える山は雲に隠れ、辛うじて稜線の一部が見えている。
手前の里山は紅葉が始まっているが、この時間は黒く沈んでいる。
今日という一日、なにか良いことがありますように・・・。