■ 今度はカードでこの住宅を引いた。増沢洵という建築家の自邸。
今回は少し資料を調べて書く。1950年代にはこのような小住宅が実験的にいくつかつくられた。その代表が池辺陽の最小限住宅とこの増沢邸。引いたカードを見て、どっちだっけ? 池辺さんの名著「デザインの鍵」は手元にあったかなと一瞬思った。
増沢邸は延べ面積15坪。9坪の1階にはダイニングキッチン+リビングと寝室、風呂とトイレが配置されている。6坪の2階は書斎と家事室。リビングの上部は吹き抜けている。平面は3間×3間の正方形。立面は上下に2分割、左右に3分割されているが、平面的にも同様の分割がされいてそれぞれの交点に柱がある。
この住宅を設計した時、増沢さんはまだアントニン・レイモンドの事務所の所員で27歳だったそうだ。この住宅にもレイモンドのデザインの特徴である杉丸太や表しの垂木、障子が使われていて、それらが端整に納まっている。プロポーションが実に美しい住宅だ。
日本の住宅の変遷を辿るときこの住宅や菊竹清訓の自邸スカイハウスは必ず取り上げられる(建築トランプにはスカイハウスも収められているからいつかそのカードを引くだろう)。共に戦後住宅史に残る名作だ。
さてこの住宅に関する本となるとブログを始めてまもなく取り上げたがこの2冊が手元にある。
これは増沢さんのこの住宅の骨組みを新宿のOZONEに展示するという企画の担当者だった萩原さんが展示会終了後、自分の家としてつくる過程を取り上げた本。夫婦でそれぞれ別の本にまとめている。
2冊を読み比べるとふたりの関心の置き所が違うし、同じことの捉え方も違っていて興味深い。
この家は小泉誠さんによってモダンにリデザインされている。『9坪の家』萩原修/廣済堂(写真左)に内観写真が掲載されているが、小泉流のモダン和風の美しい空間に仕上がっている。
あとがきで萩原修さんは「地球環境や高齢化が問題になり、生活の在り方を根本的に見直す時期に来ている」、と指摘し「もう一度、1950年代に建築家が手掛けた「最小限住宅」から学ぶ必要があるのではないだろうか。」と書いている。同感。
■ 参考文献
「新建築 建築戦後35年史」(1980 7月臨時増刊)
「9坪の家」萩原修/廣済堂