今年も夏が来た。田舎へ行くと稲の匂いが風に乗って漂っている。その匂いを嗅ぐと小学校3年生の時の暑い終戦の日を思い出す。疎開した田舎の国民学校へ急に登校させられ、校庭で天皇陛下の声を聞いた。意味は分からなかったが先生が戦争に負けたと言う。すぐに解散になり稲穂の強い匂いのする水田の畦道を辿って疎開先の農家へ帰ってきた。
しばらくすると戦闘機乗りの兵隊さんが飛行機で復員してきて、河原に不時着したという。近所の子供達と一緒にその河原へ、戦闘機を見に行く。その時も稲穂の匂いの中を2里も歩いていった。上手に着陸したらしく戦闘機は壊れていない。だだ操縦席の上を覆っていた合成樹脂製の風防だけが壊れている。見物に来た子供達が壊したのだ。合成樹脂のかけらを擦ると、甘い果物の香りがするのだ。その甘い香りを出す貴重品が子供たちのお土産になる。
暑い夏が来て、稲穂の匂いを嗅ぐと疎開先の終戦の日を思い出す。河原に不時着した戦闘機の風防の合成樹脂を思い出す。それを擦った果物の匂いを思い出す。そして二度と故郷へ帰らなかった人々のことへ想いを馳せる。
故郷に残った家族を守るため勇敢に戦い散華した人々。満州の広野で難民になり満州の土になってしまった人々。国内の都市の焼夷弾攻撃で亡くなった人々。毎年、夏になると何度も思い出し、冥福を祈ります。昨日下の写真の水田のそばで稲穂の匂いをかぎながら、青い山並へ向かって、先の大戦で亡くなられた方々の冥福をお祈りして参りました。
夏が来ると古い日本人は何を考えているか? 若い人々へ伝えたいのです。
あの悲劇が二度と来ないようにお祈りいたします。 (終わり)