後藤和弘のブログ

写真付きで趣味の話や国際関係や日本の社会時評を毎日書いています。
中央が甲斐駒岳で山麓に私の小屋があります。

日本にある唯一つの道教寺院・埼玉県にある聖天宮の写真

2009年07月23日 | 写真

この下の記事で横浜、中華街の関帝廟の写真を出しました。日本ではあまり見慣れない建築様式なので、中国の道教寺院を検索して見ました。日本には唯一つ埼玉県の本格的な道教寺院があるそうです。台湾から多くの宮大工を連れて来て建てたそうです。その写真を2枚、http://www.diviner.jp/HolyPlace/SeitenKyu/index.html から転載させて頂きました。

関帝廟とよく似ています。すると関帝廟は道教の一部と考えても大きな間違いは無いと思います。道教は中国に古くからある民間宗教です。日本には入って来ませんでした。陰陽道は道教から派生したとも考えられています。どなたかご存じの方からお教え頂ければ嬉しく思います。

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 関帝廟への信仰

2009年07月23日 | 日記・エッセイ・コラム

中国へ行くと仏教の寺院やラマ教の寺院をよく見かけます。しかし少し注意深く観察すると関帝廟と孔子廟があちこちにあり、人々が長い線香を煙らせて拝んでいます。三国志時代に活躍した実在の武将の関羽様の像へ対する信仰です。日本にも武将を神社に祀って一家安全、無病息災をお願いする例がいろいろあります。東京には東郷神社や乃木神社があります。

それと似たような宗教的な行いと思います。先日、横浜の中華街の中に関帝廟があり参拝者が絶えません。参拝している人々は日本人です。関帝様は海を越えて日本人も守って下さっているのです。1800年前の中国の戦国時代がこうして日本人へかかわっているのです。何か感動して、私もお賽銭を上げて拝んできました。私はカトリックですが、人々が信仰している方へ敬意を表するのが礼儀と思っています。

関帝廟を検索して、その説明文の一部を示します。

朝廷と民衆の両方から支持をうけて、関帝廟は唐の時代に全国津々浦々各地に広まり、数千の廟が建てられました。あまりにも建てられた関帝廟が多くて、関帝一人では手がまわりかねるので、代理の関帝が務めたという、面 白いエピソードも残っている程です。  

 関帝廟は文廟と呼ばれる孔子廟に対して武廟と呼ばれていますが、実際は武神のほか、民間では老爺とよばれ、幽界のもっとも有力な神としても崇められていました。
  また武将として理財にも精通していたため、商人は「財神」すなわち金儲けや商売繁昌の神として信仰しています。 武将にとっても商人にとっても一番大切なものは信義・信用という点から、商業神としての信仰も厚く奉られています。関羽様に対する信仰は中国本土にとどまらず、次第に世界各地に広がりました。

下に横浜の中華街の関帝廟の写真を示します。(終わり)

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あなたは外国が好きですか?嫌いですか?日本は狭い島国だと思いますか?

2009年07月23日 | 日記・エッセイ・コラム

中学校の先生の影響は大きいと思います。敗戦後に出来た新制中学校では復員してきた先生が3人ほどいました。「日本が戦に負けたのは狭い島国だからです。君たちは外国へ行って勉強しなさい。そして帰って来て日本の復興へ貢献しなさい」。何度も何度も聞きました。その影響でアメリカへ留学をしました。その後、ドイツやスウェーデンにも住みました。

あなたは外国が好きですか?嫌いですか?日本は狭い国と思いますか?

あまり意味の無い、つまらない質問のようですね。しかしこの問題が戦争を避け、平和を維持する重要な問題と思います。好きな人々が住んでいる外国とは戦争はしたくない。日本が十分広いと思えば領土を獲得する戦争も必要が無い。

わたしは色々な外国が大好きです。そうなったのは比較文化人類学の一般向けの本を沢山読んだ為と思っています。その分野の学者は、「どんな民族の文化も深く研究すると素晴らしい文化です。民族の文化には絶対に優劣は有りません」、という前提で仕事をしています。

比較文化人類学では民族の住んでいる土地に住みこんで民族の日常生活を観察し、その歴史や考え方を聞きだすことが大切です。いわゆるフィールドワークです。フィールドワークの様子を書いた本を沢山読みました。現地に住み、現地の言葉を話し、現地の人々を尊敬する。これが比較文化人類学の研究で一番重要な出発点です。もちろん学問の一分野ですから得られた情報の解析と総合、そして体系的な論考も重要です。

私には尊敬しているネット上の友人がいます。現在ネパールのカトマンズに住んでいるHikarunoさんと南フランスに住んでいるParisimidoriさんです。URA は夫々、http://asiancloth.blog69.fc2.com/  http://blog.livedoor.jp/parismidori/ です。

ひかるのさんはタイやインドやブータンにも住んでいました。現在、彼は政情不安定で停電の多いカトマンズに住み着いています。色々な民族が混じって暮らしている様子を観察し、人情味溢れる記事を毎日掲載しています。まさしく研究者のフィールドノートのようで興味津々です。東南アジアの現地語を何種類か話せるようです。ひかるのさんの観察は客観的でどの民族へも優劣をつけません。先日の盲目のインド人夫婦の暮らし方をレポートした記事と写真は秀逸でした。

話はいきなり南フランスへ飛びますが、そこにはParisimidoriさんがフランス人の旦那さんと2人で仲良く住んでいます。仲良くくらしている様子は幸せそうに笑っているご主人らしい人が写真に時々出てくるので分かります。彼女は旦那様の自慢はあからさまには書きません。大和なでしこです。その大和なでしこさんがフランスのお菓子を作るパテシエとして活躍しています。ぶどう酒の産地の農村の人々と交流しています。美味しいお菓子を作れば人が集まってきます。尊敬もされます。その人の書くブドウ農村の生活の様子が興味深いのです。フランスの農村の文化がよく理解できるのです。正しくフィールドノートのようなのです。そのローカルな文化と山梨県のブドウ農村と比較して、ああ此処は同じだ、ここは違うと独りで楽しむことが出来るのです。

Prisimidoriさんは文化人類学の研究をしているつもりではありません。ご主人を愛し、ケーキ作りを楽しみ、そして村人と仲良く暮らしています。その事実が日本にいる両親への最大の親孝行なのです。話が脱線しました。

決論を言います。比較文化人類学の本を読んだお陰で、私は全ての民族が好きになりました。民族には優劣がないのです。その延長で日本を見ると、とても広い感じがします。そして地方地方には必ず興味深いローカルな歴史と文化が全然と存在していることに気がつきます。あなたの住んでいる地方にはどのようなローカルは歴史と文化があるでしょうか。

最後にひかるのさんのブログからカトマンズの夕暮れの写真を2枚転載させて頂きます。

今日も皆様のご健康と平和をお祈りいたします。 藤山杜人

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