この写真は帆走を楽しむだけのヨットの写真です。遊びが目的なので縦型の三角形の帆が2枚ついているだけです。実に簡単な構造です。
ところが大西洋やインド洋、そして太平洋を越えてお客や貨物を運ぶための大型帆船となると構造が複雑になります。下の写真は昭和5年から59年まで国立商船学校などで練習船として使われていた、総トン数2200トンの運輸省の帆船日本丸です。イギリス製です。この帆船の29枚の帆の張り方は、上のヨットの構造を手掛かりにすると簡単に理解できるのです。
遊びのヨットでは風上に登る楽しさを主にしますのでその性能を出す三角形の帆だけが2枚ついています。一方大型実用帆船では大西洋や太平洋の貿易風を掴んで追い風で快走し、スピードを上げる必要があります。従って4本のマストへ追い風用の四角形の帆を18枚も上げます。風上に登るための三角形の帆は船首に3枚、マストの間に6枚と、最後部のマストに2枚、合計11枚の帆を上げます。このように四角形の追い風用の帆を18枚も上げると風上に登れる性能が小さくなります。ですから、逆風が吹いたときは風上70度や80度へ少しだけ登って風向きの変わるのを待ちます。あるいは600馬力のジーゼルエンジン2基を動かして走ります。追い風の帆走では13ノットの最高速度が出ますが、エンジンで航行するときは8ノットしか速度が出ません。
この様に大洋を貿易風を掴んで快速で走る性能を重視した構造になっているのが帆船日本丸の構造です。
下の写真は日本丸の29枚の総ての帆を広げる途中の写真で、メイン・マストとミズン・マストの上へ追い風用の四角形のセイルを上げている様子です。追い風用の四角形の帆が全て上がった後に三角形のジブやステイスルという縦帆を上げます。
太平洋を横断する時の航海方法については昨年、日本丸の船長をしていた大西船長から直接聞きました。伊豆七島をかわすまでは原則、エンジンで走るそうです。そこから先は全ての帆をあげて、西からの貿易風で荒れる北太平洋を、追い風で一気に駆け抜けるそうです。
サンフランシスコ湾が近づいたら追い風用の四角形の帆を下ろし、ジブとステイスルだけにして、狭い水路をジグザグに注意深く進むそうです。港近くでは全ての帆を下ろし、エンジンで入港するそうです。帰りは南太平洋を風を掴みながら根気よく走って、ハワイに寄ってから横浜へ帰ってくるそうです。船長の苦労は何時も清水460トンをどのようにもたせるかという問題だったそうです。練習生120名、乗組員を含めて総数やく200名の北太平洋横断の30日以上の生活用水、炊事用水、飲料水を賄うのです。従って荒れる海でもスピードを上げてサンフランシスコ目がけて走ったそうです。イギリス製の帆船の過不足ない合理的な設計と航海性能には太平洋を横断する度に感動したそうです。大西船長が、「大型帆船にはヨーロッパ文化がいっぱい詰まっています」と、何度も言っていたのが忘れられません。
大型帆船の構造はどんなに複雑でも風上へ登るための三角帆と追い風用の四角形の帆の組み合わせから出来上がっています。三角帆の総面積と四角帆の総面積帆の比が大型帆船の風上へ登れる性能を示しています。日本丸では三角帆の総面積が615平方メートルで四角帆の総面積は1435平方メートルです。これでは風上へ75度から80度くらいしか登れないでしょう。そのような設計思想で出来ている帆船なのです。その他の帆船の構造については続編で書いて行きたいと思います。(終わり)