-革命直後レーニン時代の迫害-
http://www2.odn.ne.jp/~caq10260/c14.htm
一連の宗教抑圧政策は、しばしば聖職者の処刑や教会の強制的閉鎖といった直接的な宗教弾圧をも伴い、その結果、宗教界の抵抗を招いて各地で流血の衝突が頻発するにいたった。
ロシア正教会の場合、1918年から1920年までの間に少なくとも28人の主教が殺害され、数千人の聖職者が殺されるか、あるいは投獄された。
またほぼ1万2000人の信徒が宗教活動を行なったかどで処刑され、数千人が逮捕の後、労働キャンプに送られるか、流刑処分を受けたといわれている。
1919年2月にロンドンで公刊された、ロシア正教会オムスク大主教から英国聖公会カンタベリー大僧正に宛てた書簡は、当時の教会迫害の様子を生々しく伝えている。
過激派が1917年のロシアで政治権力を掌握すると、彼らは社会の教養階級だけでなく、宗教そのもの、教会の指導者たち、そしてあらゆる人々から尊ばれた宗教的記念碑を一掃しはじめました。
モスクワのクレムリン大聖堂、ヤロスラーヴリやシンフェローポリといった諸都市の聖堂は略奪され、多くの教会が汚されました。
由緒ある至聖所も、モスクワとペトログラードの有名な総主教書庫も略奪を受けました。
キエフ府主教ウラジーミル、20名の主教そして数百人の聖職者たちが暗殺されました。
一番目と二番目の写真はマニラでの野外ミサの様子です。写真と説明文は、http://news.livedoor.com/article/image_detail/9688495/… から転載しました。
(2015年1月18日撮影)。(c)AFP=時事/AFPBB News
三番目の写真は、18日、フィリピン・マニラの大学を訪れ、子どもたちと交流するローマ法王フランシスコの様子です。(AP=共同)
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以下は、http://news.livedoor.com/article/detail/9688495/ からです。
【AFP=時事】フィリピンを訪問中のローマ・カトリック教会のフランシスコ(Francis)法王(78)は18日、首都マニラ(Manila)で大規模な野外ミサを主宰した。雨の降りしきる中、歴代法王が開いたミサとしては過去最多の600万人が集まり、貧しい人々の救済を掲げた法王のアジア歴訪のフィナーレを飾った。
法王は、フィリピン名物の派手なミニバス「ジープニー」風に仕立てた専用車「パパモビル」に乗って、マニラ湾沿いにあるリザル公園(Rizal Park)のミサ会場に登場した。
フィリピンはアジア最大のカトリック国で、国民の80%がカトリック信者。だが、さすがの法王も群衆の数に驚いたようで、付添のマニラ大司教によると、「純真な人々の信仰の深さは私にも測り知れない」と語ったという。
マニラ市当局によると、沿道と公園には法王を一目見ようと警察推定で600万人が集まり、1995年に当時のローマ法王、故ヨハネ・パウロ2世(John Paul II)が同じ場所で行ったミサに集まった500万人という記録を超えた。
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そして、この動画も是非ご覧下さい。
ローマ法王を好きすぎる男の子が乱入した時の様子の動画です。
ローマ法王フランシスコが座るステージに上がってきた1人の男のが法王のいすに座ってみたり足に抱きついたり、やりたい放題です。「ローマ法王を好きすぎる男の子が乱入」を検索して下さい。面白いから是非ご覧下さい。http://videotopics.yahoo.co.jp/videolist/official/news_business/p8471f0f4fce756c8cb5535eff1186302 です。