東日本大震災は1000年に一度という大地震と大津波でした。その上福島原発が4基も爆発したのです。
死者、行方不明者は2万人といわれ東北、関東地方の太平洋岸の市町村は津波で跡形もなく流されてしまったのです。
これに対して世界各国から多額の暖かい支援が送られ、多数のボランティアが来たのです。
あの大震災から5年が経過して少し復興も進み落ち着いたので、この際、各国からの支援を振り返って深い感謝をしたいと思います。
そんな理由で最近以下のような3編の記事を掲載しました。
「台南大地震へ支援を!東日本大地震への台湾からの支援の恩返しを!」、2016年02月10日
「80歳になって日韓友好を祈る(2)東日本大震災後の韓国人の支援を我々は絶対に忘れな い!」、2016年02月03日
「東日本大震災後の韓国人の支援を我々は絶対に忘れない!(続き)」、2016年02月09日
世界各国からの支援の全てを書きつくすことは大変なことですが、少しずつもう一度書き出して考え直してみたいと思います。恩を忘れず、そして各国へ感謝することは大変重要なことだと信じています。それが世界平和への道に役に立つと信じています。
さて今日はアメリカ軍の迅速、果敢な救援活動について書いてみたいと思います。
3月11日の大津波は仙台空港をも襲い壊滅します。その滑走路の瓦礫を取り除き、たった5日間で、再び大型輸送機が着陸出来るようにしたのはアメリカ軍と自衛隊の共同作業でした。特に沖縄から来た海兵隊は大活躍したようです。
そして横田基地から救援物資を満載した輸送機が着陸したのです。これにより東北地方の救援物資の輸送が迅速に流れだしたのです。
まだ空港の外には瓦礫がある中を、米軍輸送機が土煙を上げて着陸する姿を見て、仙台出身の私の胸が熱くなりました。
下の写真は全く別の写真ですが、土煙をあげて着陸している様子が仙台空港の滑走路と似ていましたので「アメリカ空軍」のWikipedeaからお借りしました。
2011年3月12日以後の新聞にはアメリカ軍の大規模で、多岐にわたる救援活動が毎日のように報道されています。この作業をアメリカ軍は「ともだち作戦」という名前をつけて大規模に展開したのです。
2011年4月1日の読売新聞一面には、「日米、不明者を一斉捜索」と題した記事が出ています。米海軍と海上自衛隊と海上保安庁の艦艇が一斉に三陸沖、仙台湾、福島沖に展開し海上に流れ出た生存者や遺体の発見に努力したのです。
特に三陸沖にある空母・ロナルド・レーガンからはヘリ20機を飛ばして海上の捜索に当たるのです。艦艇は15隻ていどが展開し、捜索にあたります。
下はこの空母・ロナルド・レーガンの写真です。(写真の出典;Wikipedeaの「原子力空母ロナルドレーガン」)
下は空母から捜索のために飛び立とうとしている軍用ヘリです。
その他に2011年4月1日の読売新聞の28ページ全面を使って、「「日本の力に」眠らぬ艦船、」と題した記事では米軍の救援活動の全てを紹介しています。特に普天間基地の海兵隊の港の瓦礫撤去や水・食料の輸送が感動的に書いてあります。強襲揚陸艦エセックスやトーテュガの活躍が報告されています。
下の写真は空母の上でヘリコプターに救援物資を積み込んでいる写真です。
そして下の写真は駿河湾を通過して被災地に向かうアメリカ軍の駆逐艦です。
大地震発生から3月28日までの米軍の活動は出動艦艇19隻、航空機133機、人員18000人、輸送した救援物資240トンとなっています。この数量の大きさにはあらためて感激せざるを得ません。そして日本人に協力して瓦礫の整理作業をしている2人のアメリカ海兵隊の兵士の姿には頭が下がります。
私はこのような在日米軍の献身的な救援活動を書きながら再び深い感動を覚えます。胸が熱くなります。日米が戦後66年間、えいえいと培って来た友情の温かみが感じられます。嬉しい事です。救援活動にあたった全ての米軍将兵へ深い敬意と感謝の意を表します。
2011年3月17日の読売新聞夕刊の3ページ目に「物資搬送、医療・・・米軍が増強」と題する記事がありました。いよいよ米軍の実質的な支援が始まりまったのです。記事の内容を分かり易く整理して列挙します。
(1)上の写真の空母ロナルド・レーガンが三陸沖から艦載ヘリを15往復して被災地へ救援物資を直接運んだのです。救援物資は非常食、牛乳、果物、医療機器、衣服などです。兎に角、食料を送ってくれることが有難いです。
(2)普天間基地の海兵隊2200人とヘリコプター部隊は強襲揚陸艦「エッセック」など3隻で昨日出発し、東北地方の酒田港沖へ到着する予定です。これにより米軍ヘリは合計70機体制になります。海兵隊は被災地の瓦礫整理や仙台空港や小松基地の復旧作業をするほか、救援物資輸送、医療支援もする予定です。
(3)第7艦隊の強襲揚陸艦「トーティガ」は既に苫小牧港へ到着し、陸上自衛隊の青森側への輸送に協力しています。昨日は自衛隊員273人と車両93台を本州側へ輸送する予定です。
(4)目下、福島原発で苦戦している高圧送水ポンプも米軍が提供する予定です。佐世保基地にある4台を発送し、横須賀基地を経由して16日には横田基地へ到着しています。昨日の17日中には現地で日本側へ引き渡す予定です。
大震災後いろいろな国が多数の復興作業のためのボランティアを日本へ送り込んできました。
大変ありがたいことで、その恩は忘れられません。
しかし一方アメリカ軍は以上のように、大規模な軍隊を動かし迅速に救援活動を展開したのです。
ここ活動は「ともだち作戦」と命名され在日米軍が自衛隊と協力しながら救援活動をしたのです。このアメリカの暖かい友情で心が熱くなった人々は多かったと思います。感謝です。
被害をこうむった人々も大変勇気づけられたのです。
下の参考資料には「ともだち作戦」の総括がしめしてあります。
それはそれとして、今日も皆様のご健康と平和をお祈りいたします。後藤和弘(藤山杜人)
===参考資料==========
トモダチ作戦とは、https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%88%E3%83%A2%E3%83%80%E3%83%81%E4%BD%9C%E6%88%A6
在日米軍横田基地は、成田空港に着陸予定だった10機以上の民間機を受け入れた。在沖縄海兵隊も支援態勢を整えた。ロバート・ゲーツ国防長官は在日米軍について「すべての部隊に異常はなく、艦船や施設も極めて良好な状態だ」と、大きな被害は受けていないとの見方を示した。
アメリカ合衆国国際開発庁 (USAID) は11日、日本政府の要請に応じ、約150人からなる2つの救援隊の派遣を発表。救援用資機材約150トン分と救助犬十数頭が出発した。
アメリカ軍は日本政府の要請に備え、複数の艦船を被災地周辺に向かわせた。
ジョン・ルース駐日大使は12日夜、都内で会見し、改めて日本を支援することを表明。「日本と協力して災害支援に対応できるよう、アメリカはすぐに救援隊を派遣した」と述べ、三陸沖の海域に原子力空母「ロナルド・レーガン」「ジョージ・ワシントン」を始めとする艦艇を派遣し、活動を始めることを明らかにした。
アメリカ軍は自衛隊の北部方面隊への人員約900人と車両約250両の輸送支援も検討している。
CNNの報道によれば、アメリカ軍による日本に対する救援・支援作戦には「オペレーション・トモダチ」(Operation Tomodachi, 日本語に訳せば「友達作戦」)という名称が付けられている。
同空母は13日午後仙台沖に到着し、海上自衛隊と共に陸上への物資補給を開始した。
在日米軍厚木基地所属のヘリコプターが孤立した被災者の救助作戦を開始した。
アメリカ国防総省や米メディアによると、駆逐艦マッキャンベルなど2隻も既に房総半島沖に到着しており、宮城県沖に移動して海上での捜索活動や陸上の復旧作業の支援などにあたる。また、第7艦隊旗艦ブルー・リッジ、強襲揚陸艦エセックス、揚陸艦トーテュガなどが小型艇や大型ヘリコプター、支援物資などを積み込み、被災地沖に向かった。
3月14日、原子力空母ロナルド・レーガンに搭載のヘリコプターの要員17人が仙台市近くで救助活動を行った際に、福島第一原子力発電所事故の影響か、被曝したことが分かった。これを受け、アメリカ海軍は空母と展開中の艦船を福島第一原子力発電所の風下から離脱中である。