後藤和弘のブログ

写真付きで趣味の話や国際関係や日本の社会時評を毎日書いています。
中央が甲斐駒岳で山麓に私の小屋があります。

季節の風物詩、北海シマエビ打瀬帆舟の風景

2018年06月22日 | 日記・エッセイ・コラム
北海道の東部には長大な砂洲の岬が湾曲して海を囲んでいる不思義な風景が広がっています。その岬に囲まれた海を野付湾と言いますが、地元では尾岱沼(おだいとう)と呼んでいます。この尾岱沼は別海町にあります。

1番目の写真は砂洲で出来た野付半島が湾曲して海を囲んでいる風景です。この野付湾は昔、沼だったのでを尾岱沼と呼ぶのです。
この野付湾の写真の出典は、http://betsukai.jp/blog/0001/archives/2009/06/images/1245371831.jpg です。
この尾岱沼は初夏と秋に北海シマエビ漁があります。
船の舳先から船尾にかけて幅の広い網を海中に降ろし、船を横向きにして幅広い網を帆の受ける風の力で静かにゆっくり引っ張って行くのです。雄大な海の中に浮かんだ白帆の風景が素晴らしいのです。
この北海シマエビをとる打瀬帆舟の風景が季節の風物詩として有名なのです。写真で示します。

2番目の写真は野付半島のナラワラの木を背景にした打瀬舟の写真です。
出典は、https://www.hokkaidoisan.org/heritage_039.html です。

3番目の写真は船を大きくして帆を沢山上げた打瀬舟の写真です。出典は、http://ugk70671.blog117.fc2.com/blog-entry-282.html です。

4番目の写真は伝統的な逆三角形の帆を上げた打瀬舟の写真です。
出典は、http://www.hokkaidolikers.com/articles/180 です。
この北海シマエビ漁の風景を楽しむための観光客への案内は以下のURLにあります。
http://betsukai-kanko.jp/tokusanhin/shimaebi/hokkaisimaebi-question/
夏漁は例年6月中旬~7月中旬で、秋漁は例年10月中旬~11月上旬です。
今年の夏漁はは2018年6月20日(水)~最長7月12日(木)です。

この野付半島には不気味な光景のナラワラとトドワラがあります。私共は2012年に訪れました。
その旅日記を以下に示します。
『水辺の風景(1)荒涼たる風景の野付湾と、トドワラやナラワラの無気味さ』
(2012年09月21日掲載)
・・・北海道の東部根室市の北に、多量のサケの遡上で有名な標津川(シベツガワ)があります。その南に幅が数十メートルから数百メートルしか無い砂洲で出来た野付半島が、湾曲しながら26kmも伸び野付湾を囲んでいます。砂洲の上には舗装道路が延々と続き、野付灯台まで車で入れます。
そして野付灯台の手前にはトドワラとナラワラという枯れたトドマツの原とナラの原が広がっている場所があります。地盤沈下で海水に漬かってしまったトドマツの木とナラの木が枯れて、白い骸骨のように立っています。不気味です。
その白骨のような林が野付湾を一層荒涼とさせています。人間の住む世界ではありません。
しかし野付湾には美味しい縞エビが棲んでいて、その味を楽しむことが出来ます。
今回の旅の目的の一つは荒涼たる野付湾と、トドワラやナラワラを見てその写真を撮り、茹でた縞エビを食べることでした。茹でた縞エビは濃厚な味で、確かに有名なエビだけに申し分の無い美味でした。

5番目の写真が北海シマエビです。
野付湾を右手に見ながら細い砂洲の上の舗装道路をえんえんと辿って行くとやがて右手にナラワラがあります。

6番目の写真がナラワラの光景です。
写真のようにナラ林全てが立ち枯れになっているのです。
ナラワラを通り過ぎ、野付灯台の傍まで行くと立派なビジターセンターがあります。
その駐車場に車を停めて、ハマナスの紅い花と実を見ながら、ぬかるみの小道を1.2kmほど歩くとトドワラがあります。下の写真です。

7番目の写真は立ち枯れた木が倒れたトドワラの場面です。
木道は高く狭いので、強い海風が吹き付けると落ちそうになり怖かったです。
ビジターセンターに戻って、シマエビ定食を昼食として食べました。茹でたシマエビが美味しかったです。

この野付半島の向かい側、16km沖には国後島があります。野付港は国後島の町や村に行く船の発着場として昔は賑わっていたそうです。
訪れたビシターセンターの2階には昔の択捉島や国後島の町や村落の写真が沢山置いてあります。丁寧に見て行くと択捉・国後には多くの日本人が住み、鮭やニシンを取っていたことが判ります。
日本人の先祖代々のお墓も沢山残っているに違いありません。ロシアは返還しません。
墓参りくらいは行けるのでしょうか?そんな事を考えながら道を砂洲にに伸びた道を帰って来ました。野付半島への小さな旅でした。・・・

それはそれとして、今日も皆様のご健康と平和をお祈り申し上げます。 後藤和弘(藤山杜人)