Don't Kill the Earth

地球環境を愛する平凡な一市民が、つれづれなるままに環境問題や日常生活のあれやこれやを綴ったブログです

普通の組織?

2014年01月11日 08時47分45秒 | Weblog
 「絶望の裁判所」(瀬木比呂志)は、読んでみたい本である。
 「情実人事に権力闘争、思想統制、セクハラ・・・」の内容は読んでみないと分からないが、それなりの規模をもつ組織で、このような問題を抱えていない組織はないといってよい。要するに、裁判所も普通の組織なのではないか。
 もっとも、一般企業だと、経営陣が世襲性であったり、子供がコネ採用されるなどの情実人事は後を絶たないが、裁判所の場合、おそらく「二世」などという世襲的な要素は通用しない。司法試験というフィルターがあるからである。その意味では、裁判所はやっぱり特殊な組織なのだろう。
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外来種

2014年01月10日 07時52分46秒 | Weblog
人気のミドリガメ、輸入禁止へ…生態系を破壊
 縁日の「カメ掬い」では大抵このミドリガメが扱われている。北米原産なのに日本でも大繁殖している。
 子供のころ、川やたんぼではイシガメやクサガメなどの在来種をよく見たものである。だが、いつのまにか殆ど見ることがなくなった。ミドリガメに縄張りを奪われたのである。
 このカメは、小さいころは可愛いものの、家庭用の水槽では手狭になるほど大きくなるし、結構臭く、それなりに餌も食べるので手間がかかるという点に問題があったと思う。要するに、大きくなると飼い主が手放してしまう確率がもともと高いのだ。
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マルプラクティス

2014年01月09日 07時50分21秒 | Weblog
 貝原益軒の「養生訓」(655)では、前医の治療法に誤りがあったとしても前医をそしってはならぬと書かれている。「他医をそしり、わが術をほこるは、小人のくせなり。医の本意にあらず」云々とある。
 理由としては、① 医の本道は病人を助けることであり、他医を批判することではない、② 他医を批判するのは客観的に見て見苦しい行為である、ということであり、もっぱら倫理的なものである。
 この説は、一面では正しいと思うけれども、間違った治療法が流布しているのであれば、それを批判して正すのが職業人としてあるべき態度であるというもうひとつの「倫理」もあるはずだ。
 ところが、現在の医師業界では、貝原益軒的な倫理が大勢を占めていると思う。というのも、医療過誤訴訟において、医師の過失を立証するために協力してくれる他の医者を見つけることは容易ではないからである。後医は、前医の過失を指摘することまではするものの、法廷で証言することまではしてくれないことが多い。
 こんなところにも儒教道徳の影響がみられるのである。
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数字づくり

2014年01月08日 07時53分55秒 | Weblog
 ある公認会計士の先生と話をしているなかで、最近の金融機関がナンセンスな書類作成を要求するという話題が出た。ある銀行が、その先生の顧問先企業に対し、「3年分の資金繰り表」の提出を求めたというのである。
 業種にもよるが、3年先の売上を予測するのはまず不可能であり、そのような机上の数字を並べた書類を作っても殆ど無意味である。このことは、商売人ならすぐ分かるはずである。
 この話を聞いて思い出したのが、昔勤めていた会社の天下り役員が、「取引先の10年分の資金収支くらいはシミュレーションしてるんだろうな?」と述べていたという話である。そのような無意味な「数字づくり」に時間を費やすほど、人生は長くない。
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仕事始め

2014年01月07日 07時37分12秒 | Weblog
 昨日が事務所の仕事始めだったが、実際には4日から仕事をしている。とはいっても、実質的には年賀状の整理と作成くらいしかできなかった。ちなみに、4日の夜は、裁判所も大半の階で明かりがついており、「仕事始め」の人が結構いることを示していた。
 私は3日以上の休みは極力とらない主義なのだが、それには理由がある。誰でもそうだと思うが、休みが長いと、仕事のペースを取り戻すのにやや時間がかかるからである。
 
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犯罪者の親

2014年01月06日 07時43分07秒 | Weblog
少年は残酷な弓を射る
 赤ちゃんの頃から母親にだけ敵意を示す少年と母との物語(以下ネタバレ注意)。
 冒頭で主人公(少年の母)が周囲の人間から虐待を受けることから、少年が犯罪を行ったことが示唆される(題名でなんとなくわかる)が、その内容は終盤まで分からない。上手い構成である。
 この映画を観て職業柄感じたのは、「母親の愛を確かめるために(犯罪を含む)問題行動をとる」という現象は珍しくないということである。少年事件に限らず、「世間を騒がせる」タイプの犯罪には、親や家族との関係に根源があると思われるものが多い。
 犯罪が起こってしまった後で、この映画の主人公は、我が子を守り続け、それにようやく息子も愛情を確認出来たようである。刑事弁護をしていると、「あの子とは縁を切りました」という犯罪者の親もいるのだが、いつまでもわが子のためを思っている人が大半である。それに気づけるかどうかで、更生するかどうかが決まるのかもしれない。
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アイデア商品

2014年01月05日 07時48分19秒 | Weblog
宙に浮くことで滴がたれても机などを汚さないクリエイティブなマグカップ「Floating Mug」
 確かに、コーヒーのしずく対策として、カップの下に皿を置いたり、コースターを敷いたりしているが、ある意味余計な手間と言える。
 こういう「2つを1つに」という発想が、新たな商品を生むのかもしれない。
 
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楽しませる

2014年01月04日 08時53分48秒 | Weblog
 谷崎先生の西洋芸術批判を再読したばかりなのに、「ウィンナー・ワルツ・オーケストラ 〜宮殿祝賀コンサート」に行く。
 2階席で舞台が見下ろせる位置だったので、指揮者や楽団員の動きがよく見えて新鮮な印象を受ける。そう考えると、毎回同じ席で観る・聞くのは考えものである。もっとも、バレエの動きは上からしか見れないというデメリットもある。
 さて、このコンサートの売り物は、エンタメ性にあるらしく、猟銃をタクト代わりに使ったり、スコアを老眼鏡で見るなどの演技があった。一番盛り上がったのは、客席から数人を舞台に上がらせ、指揮者やダンサーとして活動してもらったところである。
 このコンサートを谷崎先生がどう評するか、聞いてみたいものだ。
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作られた「楽しさ」

2014年01月03日 08時31分28秒 | Weblog
 大昔に読んだ「陰翳礼讃」(中公文庫)をひも解いてみると、「懶惰の説」というエッセイが収録されていた。
 その中の一節に、目からうろこがとれる思いを抱いた。引用してみる。

「自分が楽しむより人を楽しませることを主眼とする西洋流の声楽は、この点において何処か窮屈で、努力的、作為的である。聞いていて羨ましい声量だとは思っても、その唇の動きを見ていると何んだか声を出す機械のような気がして、わざとらしい感じを伴う。だから唄っている本人の三昧境の心持が聴衆に伝わるというようなことはないと云っていゝ。これは音楽のみならず、総べての藝術においてこの傾きがあると思う。」(p70)

 「三昧境」という言葉が出たけれど、芸術を自己完成のための修行ととらえる発想は、おそらく西洋では異端に属するはずである。
 そういえば、バレエを観ていつも感じることなのだが、ダンサーはとにかく必死であり、「楽しむ」という気分は微塵もないのではないかと思うのである。もともとバレエは宮廷舞踊であり、要するに「見せる」「楽しませる」ためのもの、さらに言えば「労働」だったからだろう。
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ドキドキのもと

2014年01月02日 19時21分01秒 | Weblog
紅白、視聴率44.5% 第2部、過去10年で最高
 あけましておめでとうございます。
 大みそかは実家で「紅白」と「笑ってはいけない」などとをせわしなくチャンネルを変えながら観るのがお決まりになっているが、今年は「紅白」を観ている時間の方が長かった。原因は、綾瀬はるかの司会ぶりにある。
 この危なっかしさは、生放送なだけに増幅され、裏番組のボクシングよりもスリリングだった。嵐のメンバーはもちろん、それ以外の関係者も影響され、明らかに落ち着きを失っている。杉良太郎や片岡愛之助までおかしくなっている。
 とても観ていられないのでチャンネルを変えても、しばらくするとやはりNHKにチャンネルを戻してしまう。
 こんな年の瀬は初めてだった。
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