Don't Kill the Earth

地球環境を愛する平凡な一市民が、つれづれなるままに環境問題や日常生活のあれやこれやを綴ったブログです

カイシャ人類学(1)

2022年04月30日 06時30分07秒 | Weblog
悪女(わる)~働くのがカッコ悪いなんて誰が言った?~第3話
 「そんな中、企画開発部の小野(鈴木伸之)が「スッポンスープ」をトップページに掲載して欲しいとやってきた。“社長の息子案件”だと聞かされた梨田は、いつものことだと承諾。麻理鈴は憤慨するが、峰岸から仕事の上での「貸し借り」の重要性を説かれ、トップページに掲載する商品の選択に着手する

 たまたまテレビを観ていたらこのドラマをやっていたのだが、上のシーンのところで思わず身を乗り出してしまった。
 réciprocité(レシプロシテ:相互依存、互酬性)、échange(エシャンジュ:不透明な利益交換)といったフランス人類学の概念を見事に説明しているからである。
 この次のシーンも凄い。

麻理鈴(小野に対し)「会社で社内恋愛の話をすると幼稚だと思われます
 (但し、記憶があいまいなのでこの通りのセリフであったかどうかは保証できない)

 ここはendogamy(エンドガミー:族内婚)忌避、あるいはexogamy(エクソガミー:<族外婚)志向をあらわしているようだ。
 「カイシャ」を「氏族」などに置き換えれば、人類学の教材として通用してしまうのである。
(原作者の深見じゅんさん、あるいはドラマの脚本家の方は、もしかすると人類学を勉強したことがあるのかもしれない。)
 現代の日本においては、圧倒的多数の人が何らかの「カイシャ」に所属しているわけなので、この構造を研究することは非常に重要である。
 法曹関係者も、「会社法」だけ勉強していればよいという話ではない。
 日本の「カイシャ」の実態を把握していないのであれば、例えば、アメリカ会社法の最新の理論・制度をそのまま日本で適用しようとしてみても、どこかに無理や矛盾が生じるはずなのだ。
 私は、デュルケーム先生やモース先生のような方に、ぜひとも日本のカイシャを研究してもらいたいし、出来れば”フィールド・ワーク”をしてもらいたい、などと夢想するのである。
 
 
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怪しい結社

2022年04月29日 06時30分46秒 | Weblog
憲法9条へのカタバシス
 「・・・政治システムに対する軍事組織の徹底した透明性、軍事組織と政治システムないし市民社会との間の厳格な分節的関係、この二つを要請する方面に2項の規定は大きな意味を有するかもしれない。」(p43)
 「軍事組織が政府からも独立した機関に対して完全に透明でなければならないし、その機関が軍事組織によって浸透されてはならない。さらにその前提として軍事組織と相互浸透した怪しい結社に毒されていない市民社会の存在が不可欠である。」(p47)

 「怪しい結社」の具体例として想定されているのは、自衛官護国神社合祀事件に登場する、隊友会である。
 この種の「市民社会に浸透する軍事組織(の延長)」は、憲法9条2項の趣旨に反するおそれがあるというわけである。
 これとは逆に、「軍事組織に接近を図る集団」、さらには「軍事組織化する集団」というのも考えられるわけで、昨日指摘したある宗教団体は後者の代表例である。
 私がひそかに危惧を抱いているのは、前者、つまり「軍事組織に接近を図る集団」である。

秀岳館が保護者に送付した内部謝罪文書と見られるものがSNS流出…サッカー部の段原監督の言動を「不適切」「生徒の心を傷つけた」と糾弾し謹慎処分を科した報告も
 「段原監督は、学校の敷地内にある寮内で行われた朝点呼の席で、動画を撮影した部員とネット上へ投稿した別の部員の2人を「俺たちに対する加害者だ」と名指しで責め立てた。
 そして「だから俺たちは被害者だ。意味わかる? でも、完全な被害者はたぶん俺だけ。これ、俺に迷惑かかっとる、完全に。俺が仲間の弁護士たちに、被害を受けたと訴えたらどうするか? 謝って済むような問題じゃない。これだけの騒ぎになって、それは間違うなよ。損害賠償請求って話になるだろう。俺たちが被害を被った分、世の中、そうなるよ」と、まるで脅しのような文言で糾弾した
。」

 ある意味、警察・司法の作用が及ばないコミュニティを志向するような発言であるが、仮に生徒が亡くなっていた場合、「事故」という説明がなされたのではないだろうか?
 やや飛躍するが、この種の治外法権的な結社が成立した場合において、これが自衛官・防衛大学校などに大量の人材を送り込んだり、自衛隊OBを積極的に受け入れたり、ワグネルのような民間軍事会社を設立・運営したりしたら、あるいは、こうした結社を利用しようとする勢力(国内に限らない)が出てきたとしたら、果たしてどうなるだろうか?
 平和な日本でこういう想定を行う人は少ないだろうが、ウクライナ問題を見ていると、あるいは、リトビネンコ事件を振り返ると、こういう可能性を想定しておく必要があるかもしれないと思うのである。 
 
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健全な自我の拡張(4)

2022年04月28日 06時30分31秒 | Weblog
世にも危険なイギリスサッカー発祥の歴史
 「サッカーの元となるスポーツが初めてイギリスで行われたのは、8世紀ごろと言われています。
 その頃の伝説によりますと、イングランドとヴァイキングとの戦いにおいてイングランドが勝利し(デンマークのヴァイキング、デーン人)、その勝利を祝うためかデーン人の王の首を落として頭をボールにして蹴り合ったことだそうです。


 スポーツが戦争を儀礼化して無害化したものであることは、おそらく広く受け入れられている考え方だろう。
 人間のもつ攻撃(殺傷)衝動が、チンパンジーと同じく遺伝子レベルでビルトインされているのであるとすれば、それを儀礼化・無害化することは絶対に必要なことである。
 スポーツは、こうした自我拡張的な衝動を健全化しようとする試みであるという見方が出来るだろう。
 それにもかかわらず、サッカーボールではなく人間(但し頭ではない)を蹴るという、いわば「先祖返り」のような事件が発生した。
 私は、この事件に関する報道を見るたびに、サッカーの起源の話だけでなく、チンパンジーの共食いを思い出すのである。

再炎上!なぜ秀岳館は問題をすり替えようとするのか…暴力行為コーチが書類送検&流出した“暴言”音声テープを監督が認める
 「25日には、話題を集める事件や炎上案件を豊富な情報を介してわかりやすくまとめツイートしている滝沢ガレソさんが、男性指導者がネットに暴行現場を投稿した2人の部員を「俺たちに対する加害者だ」と名指しで「だから俺たちは被害者だ。意味わかる? でも、完全な被害者はたぶん俺だけ。俺が訴えたらどうなる? 世の中、そうなるよ。これ、俺に迷惑かかっとる、完全に」と糾弾している音声データを公開した。
 立場を利用したパワーハラスメント行為とも、もっと言えば言葉の暴力とも受け取れる数々の発言が衝撃を与えた。


 ちなみに、この部では、上級生による新入生への暴力も発生していたようである。

秀岳館高サッカー部、上級生が暴行か 入部控えた中学生の保護者、警察に被害届
 「関係者によると、生徒は入寮して数日後の3月下旬、寮の食堂で、夕飯用として決められた1人当たりのご飯800グラムを器につぎ分けていたところ、2年生部員の1人からいきなり「調子に乗るな」と言われ、後頭部や背中を殴られた。さらに「殺すぞ」とも罵倒された。

 これは所謂「軍事化イニシエーション」の一種なのだが、「殺すぞ」という言葉から分かるように、この根底には、人間のもつ攻撃(殺傷)衝動がある。
 「イニシエーション」と言えば、偉大なボスのもとに(寮ではない建物の中で)集団生活を営んでいた宗教団体のことを思い出すが、この団体は文字通りの「軍事化」を実現したのであった。
 
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永遠に無垢な・・・

2022年04月27日 06時30分03秒 | Weblog
ウクライナ侵攻の背景にあるプーチンの「ロシア・ファシズム」思想。ロシアは巨大な「カルト国家」だった橘玲の日々刻々】
 「イリインの思想とはなんだろう。それをひと言でいうなら、「無垢なロシア(聖なるロシア)の復活」になる。・・・
 人間が存在として悪だとしても、いかなる思想も自分自身を「絶対悪」として否定することはできない。イリインがこの矛盾から逃れるために夢想したのが、「無垢なロシア」だった。邪悪な革命政権(ソ連)を打倒しロシアが「聖性」と取り戻したとき、世界は(そして自分自身も)神聖なものとして救済されるのだ。・・・
 イリインは、祖国(ロシア)とは生き物であり、「自然と精神の有機体」であり、「エデンの園にいる現在を持たない動物」だと考えた。細胞が肉体に属するかどうかを決めるのは細胞ではないのだから、ロシアという有機体に誰が属するかは個人が決めることではなかった。こうしてウクライナは、「ウクライナ人」がなにをいおうとも、ロシアという有機体の一部とされた。


 イリインの著作を読んだわけではないけれど、この記事を見る限り、イリインの思想は、霊魂不滅説の一種のようだ。
 しかもそれは、「無垢なロシア」という目に見えない主体(魂:animus)を観念するものであり、”集合的霊魂不滅説”とでも言うべき思考のように見える
 私見では、これは、ジェノサイドにつながりかねない、危険な思考だと思う。
 この思考によれば、”永遠に無垢なロシア”という魂は、目に見えないけれど不滅の実体であり、これこそが”ロシア人”を生み出す源泉ということになるだろう。
 なので、絶対にこれを守り通さなければならない、という発想になるだろう。
 これを脅かすものは敵であるから殲滅しなければならず、そのためには大量破壊兵器の使用も辞さないことになる。
 のみならず、この際、現在生きているロシア人(ロシア兵)が犠牲になることもやむを得ない。
 なぜなら、”永遠に無垢なるロシア”が存続する限り、それは、新たにロシア人を生み出してくれるのだから。
 ここで興味深いのは、イリインは、目に見えない実体を最重視しているように見えながら、精神的要素だけでなく「自然」の要素を重視していることである(面白いのは、同じく不可視の神を奉じるユダヤ教でも、やはり「土地」を極めて重視するところである。)。
 「自然」の最たるものがテリトリーであり、例えばウクライナの領土はこれに含まれる。
 ・・・だが、この辺りの思考は、日本人には分かりにくい。
 それは、日本の土着宗教においては、基本的に”目に見える実体”が神聖視されているからではないかと思う。
 例えば、「国体」思想も、ある意味では「自然」ないし「身体:corpus」を精神的要素より上位に置いていると考えることが出来るだろう。
 そうすると、ウクライナを、例えば三種の神器のうちの一つという風にみれば、プーチン大統領の行動を理解しやすいのではないかと思う。
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決闘と死刑

2022年04月26日 06時30分45秒 | Weblog
 週刊文春4月21日号の「言霊USA」(町山智浩氏)によると、「妻を侮辱した男に、夫が手袋を叩きつけて決闘を挑む。それは欧米の伝統。1806年、アンドリュー・ジャクソンは、妻を揶揄した男を決闘で射殺し、英雄と讃えられ、アメリカ大統領に当選した」そうである。
 こういう「伝統」のせいか、アカデミー会員の中には、ウィル・スミスのビンタを称賛する声もあるらしい。
 それに比べると、わが国では、この種の「決闘」の物語は殆ど聞かないようだ。
 ちなみに、シチュエーションが違うので比較は難しいが、「好色五人女」のおさん茂兵衛では、当主の妻:おさんと姦通相手:茂兵衛には、「磔」という非常に重い処刑方法がとられている。
 これについては、幕府が処罰に乗り出すのではなく、例えば、「姦通の相手に対し、被害者は報復することが出来る(違法とされない)」といった具合に、”決闘”のスタイルを取り入れることも考えられると思うのだが、そういう制度は採用されなかった。
 姦通に極めて重い刑罰を科することによって、夫婦の関係あるいは夫の権利を幕府が守っていたわけだが、この狙いが「イエ」の保護にあることは言うまでもないだろう。
 皮肉なことに、この後、当主の「イエ」(大経師家)は断絶に至っている。
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今日の観点からみて差別的な表現

2022年04月25日 06時30分39秒 | Weblog
ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト 魔笛(新国立劇場)

 上演回数の多い演目だが、音楽ではなくストーリーに注目すると、これはかなりまずいタイプの女性蔑視・黒人差別のストーリーであることが分かる。

オペラ対訳ライブラリー モーツァルト 魔笛 荒井秀直 訳
 ザラストロ「高慢な女だ。お前たち女の心を導くのは男たるものの務め、男なくしては、いかなる女も道を踏み外してしまうものだ。」(p58)
 弁者、第二の神官「女の悪だくみから身を守れ、これが盟約の第一の義務だ。賢い男でもだまされ、道を誤った。なすべき務めと備えを怠ったのだ。」(p73)
 モノスタトス「だのにおれは惚れちゃならぬと?それはおれが黒いからだと!」(p80)

 こんな調子なので、本の場合の「最終ページ」のように、幕が開く前に、
今日の観点からみて、女性やアフリカ系の人たちなどにたいして明らかに差別的な表現が含まれていますが、作品の時代背景、オペラとしての歴史的・芸術的な意味を尊重して使用しました。差別の助長を意図するものではないことをご理解いただきますよう、お願いいたします。
といった説明を述べておく必要が出てくるかもしれない。
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操業中

2022年04月24日 06時30分08秒 | Weblog
Ukraine publishes list of 50 global brands that are continuing to operate in Russia(ウクライナがまだロシアで事業活動を続けている多国籍企業トップ50のリストを公表)

 このリスト(但し3月9日時点)には、モンディ(英)、ファイザー(米)、ジョンソンエンドジョンソン(米)、P&G(米)、citiグループ(米)、ノヴァルティス(スイス)などと並び、わが国の企業であるYOKOHAMA、BRIDGESTONEというロゴが見える。
 やはり、米国に本拠地を置く企業が多いという印象を受ける。
 ちなみに、今月に入って操業停止を発表した会社もある。

コマツ ロシア工場の生産停止 ビジネス見合わせの動き広がる
 「コマツはロシア西部のヤロスラブリの工場で、油圧ショベルやダンプトラックを生産しています。コマツはすでにロシア向けの製品の出荷を見合わせていましたが、現地の工場での生産も停止したと8日、発表しました。

 経済制裁はなかなか難しい問題を含んでいるようだ。
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健全な自我の拡張(3)

2022年04月23日 06時30分09秒 | Weblog
ニーチェ全集10 ─ツァラトゥストラ(下) フリードリッヒ・ニーチェ 著 , 吉沢 伝三郎 翻訳
 「諸事物に名称と音声とが贈られているのは、人間が諸事物で元気を養うためではないか?語ることは、一つの美しい愚行である。語ることによって、人間は一切の諸事物を超えて舞踏し行くのである。」(p141)

Sind nicht den Dingen Namen und Töne geschenkt, dass der Mensch sich an den Dingen erquicke? Es ist eine schöne Narrethei, das Sprechen: damit tanzt der Mensch über alle Dinge.

 このくだりは、数ある「ツァラトゥストラ」中のサミットの一つだと思うのだが、ここから”ソシュール山脈”の姿が見えるように感じる。
 意外にも、ニーチェからソシュールへの距離は遠くないのではないかという気がする。
 さて、ニーチェが「支配欲」と呼ぶところのものを「自我の拡張」と言い換えてみれば、”名づけ”という行為は、「自我の拡張」の最も一般的なあらわれということが出来るだろう。
 「即興詩人」のアントニオ=アンデルセンの分身(健全な自我の拡張)やヘッセが出会った踊る少女(健全な自我の拡張(2))と同じように、私は、これこそ、健全な自我の拡張のもっとも身近な例だと思うのである。
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代償措置?

2022年04月22日 06時30分10秒 | Weblog
平成の働き方の変化(職場の問題編)〜◯◯ハラスメントはなぜ増えたか〜
 「「パワー・ハラスメント」(パワハラ)は、平成13年(2001)にコンサルティング会社のクレオ・シー・キューブが提唱した言葉です。セクハラの相談窓口や研修を行っている中で、セクハラの範疇では捉え切れない相談や意見が男性社員からも多く投げかけられたことから、この言葉を考案したとのことです。(参考:岡田 康子「パワー・ハラスメントとは」(その1))
 「昔はOKだったことがNGになるのは、社会が成熟して人権意識が高まった結果とも言えます。これは日本に限らず世界的な兆候で、国際労働機関(ILO)は職場でのハラスメントを防止するための条約を今年の年次総会で制定すべく動きだしています。

 なるほど。
 「モラル・ハラスメント」(精神的嫌がらせ)を最初に提唱したのは、マリー=フランス・イルゴイエンヌなのだが、彼女の著書:『モラル・ハラスメント(Le harcèlement moral, la violence perverse au quotidien』(1998)に「パワー・ハラスメント」という言葉は登場せず、その代わりに「職場におけるモラル・ハラスメント」という言葉が用いられている。
 要するに、「パワー・ハラスメント」は日本固有の用語なのである。
 さて、記事が指摘するように、ハラスメントの問題が意識化されることは良い事なのだが、他方において、非正規雇用の問題については、立法・行政とも中途半端な対応に終始しているように思える。
 こちらの問題も深刻であり、これを止めない限り、所得の低下→需要の減退という悪夢のスパイラル(君はコストだ!)が続くことは目に見えているだろう。
 こうしてみると、政府は、「非正規雇用」対策に真剣に取り組まないことの言い訳あるいは「代償措置」として、パワハラ対策を熱心にやっているかのように見えてしまうのである。
 あえて弁護するとすれば、この問題は、内閣府や厚労省だけでは対処できない、根深い問題だということなのかもしれない。
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内側を削る(3)

2022年04月21日 06時30分15秒 | Weblog
1分間の遅延賃金56円支給命令 JR西日本と運転士の訴訟
 「運転士側は作業が遅れた1分も勤務時間に含まれており、制裁としての賃金カットは不当だと主張。JR側は、遅延した1分は労務が提供されておらず、賃金カットは妥当だと反論していた。

 私見では、これも「内側を削る」(内側を削る(2))現象の一つとみる。
 JR西日本側の主張が仮に認められるようであれば、タクシーを停車させる位置を約50メートル間違えた新人時代の私なども、賃金カットを受けていたことだろう(営業一筋)。
 それにしても思うのは、この件もそうだし、NTTグループの手法もそうだが、「公社」においてこうした現象が目立つのはどういうことだろうか?
 そういえば、保険料の二重払いや「自爆営業」も、元国営の組織で起きたのだった(ちなみに、この組織は、最近では「コストカット」の動きが顕著であり、私の見立てでは、これは大きな崩壊的現象の予兆である。)。
 この種の組織には、やはり「小さな大統領たち」が多く存在しているということなのではないだろうか?
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