Don't Kill the Earth

地球環境を愛する平凡な一市民が、つれづれなるままに環境問題や日常生活のあれやこれやを綴ったブログです

ジェネレーションℤとシェールオイル

2022年05月31日 06時30分39秒 | Weblog
原油高騰 米シェールオイル復活か?
 「ウクライナ情勢の緊迫もあり原油の先物価格が7年4か月ぶりの高値水準をつけていること。そして脱炭素化を打ち出してきたホワイトハウスが一転、増産を要請していることが大きな要因です。ガソリンの値上がりに国民の不満が高まっていることが背景にあります。

 ウクライナ情勢の影響で、アメリカがシェールオイルの増産に舵を切っている。
 なんだかんだで、アメリカ経済はオイルで動いている感がある。
 ところで、私がひそかに関心を抱いているのが、ジェネレーションZとシェールオイル・ガスとの関係である。
 一般に、ジェネレーションZは、親たちの世代の「ラットレース」をみているので、マイペースの人生を好む傾向が強いとされている。
 私は、シェールオイル・ガスの安定供給が、この傾向を促進するのではないかと推測する。
 結局のところ、「ラットレース」に追い込まれるのは、資源不足(あるいは「資源不足」という幻想)が原因だと思うからである。
 日本だって、例えば、尖閣諸島の地下にあるという原油資源(一説ではイラクに匹敵)を自由に採掘することが出来るのであれば、かつての「モーレツ社員」のような人種は絶滅するのではないだろうか?
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第二の箱根

2022年05月30日 06時30分44秒 | Weblog
奥多摩ハイキング案内
 「観光鉄道として再開されることが期待された小河内線は、1963(昭和38)年に西武鉄道に譲渡された。同社では奥多摩湖周辺にホテルや遊園地、キャンプ場を整備して、奥多摩を第二の箱根にする計画があったという。しかし、急速なモータリゼーションの進行によって、マイカーによる家族旅行が増加。西武鉄道は奥多摩の観光開発を断念する。その後、1978(昭和53)年には石灰岩の採掘を行う奥多摩工業に再譲渡されたが、列車が運行されることはなく今に至っている。地元からは、観光鉄道にしたいという要望も根強いが、その可能性は低いといわれている。」(p55)

 この本は単なるハイキング案内ではない。
 もはや、奥多摩地方に関する歴史本というべきである。
 温泉もあるし、「第二の箱根」計画はそれなりに現実味があったのだろうが、都心から2時間以上というのは地の不利が大きそうだ。
 もっとも、「第二の箱根」にならなかったからこそ、比較的静かだし、手つかずの自然が残っていて、キャンプも楽しめるというメリットがあるのだろう。
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才能による復讐

2022年05月29日 06時30分01秒 | Weblog
第7話『7th STAGE 社内政治(社長ジュニア企画)』2022年5月25日(水)放送
 「「オウミ」の社長が倒れた。次期社長候補と目されているのは、実績的に文句なしの専務・島田(小木茂光)と、社長の息子の伝弥(野間口徹)。島田から女性管理職を5割に増やす計画、通称「JK5」の内諾を受けた峰岸(江口のりこ)は、これを機に一気に「オウミ」が変わると期待を寄せていた。

 女性管理職を5割に増やすことは、仕事が出来るのに女性というだけで要職に就けなかった峰岸のような女性社員たちの悲願である。
 だが、それを実現することは、多くの男性たちの恨みを買うことでもある。 
 そのことが分かっているから、峰岸は「私は捨て石」という覚悟を決めているのである。
 さて、歴史を紐解くと、「女性というだけで要職に就けない」業界の最たるものは、やはり政界だろう。
 持統天皇や孝謙天皇のような例もあったけれど、平安時代以降の政界を完全に男社会にしてしまったのは、やはり藤原氏だろう。
 周知のとおり、例えば藤原良房は、娘を次々に入内させ、天皇の外戚として権力を獲得する手法を確立した。
 こうなると、藤原氏にとって、女性は échange の客体としてしか意味を持たなくなってしまう。
 これほど露骨な女性差別は、余り例がないだろう。
 ところが、その藤原氏に対し、政治の世界ではなく、文学の世界で復讐を行った女性がいた。

源氏物語入門 〈桐壺巻〉を読む 著者 吉海 直人
 「この分析の作業を通して私が最も強く感じたのは、『源氏物語』は主人公光源氏の物語というだけでなく、まさに藤原氏と政権獲得をめぐって繰り広げられる源氏達の苦闘の物語であるということだった。しかも物語の理想は天皇親政であり、そして皇族による補佐であった。これはもう疑いなく藤原摂関政治批判の物語なのである。それを道長全盛時代に彰子のそばで書いたのだから、紫式部もかなりしたたかな女であったことになる。」(p290)

 「源氏物語」のストーリーの根幹には、実は藤原摂関政治に対する批判がある。
 兄より学問が出来たものの、女性というだけで政治的なポストに就くことが出来なかった紫式部は、復讐のターゲットを、「女性差別の権化」であった藤原氏・藤原家に定めたのである。
 
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品行不方正

2022年05月28日 06時30分36秒 | Weblog
巨人・坂本勇人、“彼シャツコーデ”女性とデート報道の裏で「宮崎の酒屋がタメ息を漏らす」理由
 「一方、“夜のグラウンド”でも、こんな話が。冒頭の店主が明かす。
「球界ではスーパースターの坂本さんですが、ホステスの子がグチってましたよ。女の子に向かって“ブス”なんて暴言を吐くのは当たり前。“俺はジャイアンツの坂本だぞ”と自分から名乗って、気に入った子をすぐお持ち帰りしようとするとか。
 札幌の“ススキノ”で、野球をまったく知らない女の子も坂本さんだけは知っているって、ウチに来るお客さんも話していました。でも、それは彼の飲み方が本当に汚いからで……」


 坂本に関する「品行不方正」の記事はこれまでもうんざりするくらい出ているが、多くの人は「あ、そう。彼ならやるでしょ。」くらいのリアクションしかしない。
 彼は、完全に免罪符を得ているようなのだ。
 「我ら誇りある立ち居振る舞いを」が口癖だった藤田監督であれば、彼をドラフト1位指名したかどうかは怪しいが、原監督の場合、「六大学嫌悪」もあって、高卒選手に対しては若干甘いとされている。
 その原監督も、翌年(2007年)のドラフトでは、中田翔には目もくれなかった。
 当時よく言われていたのは、「彼は『品行方正』を求める巨人のカラーに合わない」というものだったと記憶している。
 ところが、その原監督が、その後中田翔をトレードで獲得したのだから、「品行」が問題という説は、おそらく否定されたと思われる。
 2007年の巨人は、野手をあまり必要としていなかったのかもしれない。
 ・・・さて、藤田監督はどう見ているだろうか?
 
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永遠に無垢な・・・(2)

2022年05月27日 06時30分19秒 | Weblog
広島平和式典招待されず反発 「日本はナチと組んだ」―ロシア大使
 「声明は「ロシアがウクライナでの核兵器使用をもくろんでいるというばかげた作り話」が被爆地・広島で拡散されていると非難。軍事作戦では「非ナチ化」を進めているとした上で、「まさにこのナチズムと同盟を組んだことが、1945年に日本という国全体を襲った破局の原因の一つ」だと主張した。

 ロシアが核兵器使用をもくろんでいることは、プーチン大統領の発言から合理的に推測できる。
 だが、日本が「ナチズムと同盟を組んだ」という点を指摘されると、反論の言葉が出てこない。
 あえて反論を試みるとすれば、「日本は、歴史上、プーチン大統領が信奉している『無垢なロシア』に相当する『無垢な日本』などという集合的霊魂(animus)を掲げたことは一度もない。したがって、(核兵器などによって)他民族に対するジェノサイドを行う思考など持っていない。」といったくらいだろうか?
 プーチン大統領は、おそらく「無垢なロシア」の霊魂の永生を信じているはずである(永遠に無垢な・・・)。
 ところが、日本人が観念出来る霊魂はせいぜい「祖霊」(単位は家族・氏族)であって、日本民族全体を包括する”大和魂”のようなものを具体的に観念するだけの想像力は、いまだかつて生まれたことがないはずである。 
 ロシアや中国のように、他の民族と激烈な戦争を何度も行ってきた歴史を持たないことが、その原因なのかもしれない。
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楽譜の解釈(4)

2022年05月26日 06時30分00秒 | Weblog
(昨日の続き:「交響曲第5番 (マーラー) 第4楽章」について)
 「この《アダージェット》は、後に彼の妻となるアルマ・シンドラーへのラヴ・ソングである。彼の愛の告白である。彼は彼女に、ことばを添えずに手書き譜を送った。彼女はその意味がわかり、自分のところに来るよう彼に言った。
 「(メンゲルベルクはこの楽章を数回録音しているが、現代の指揮者たちが演奏に12分あるいはそれ以上かかるのに、彼は常に7~8分の間で演奏している)。マーラーは、初めて恋の苦しみのただ中におり、この楽章の中間部ではワーグナーの《トリスタンとイゾルデ》の「愛の眼差し」のライトモティーフ[「眼差しの動機」とも呼ばれる]を使っている。

 このくだりを読んで、私は、長年の謎が解けたように感じた。
 私の直観では、これは、マーラーがアルマの寝顔を見て作った曲ではないかと思う。
 寝息とシンクロするかのようなゆったりとしたテンポ、間近に居ながら無限の距離を感じる苦しみを表現したかのようなメロディー、目を覚ましたアルマと目が合った瞬間の動揺(「眼差しの動機」)、再び眠りにつくアルマの寝顔や伸びをするアルマの姿などが、こう解釈することによって説明できるように思うのだ。
 この楽譜を見ただけでアルマは意味が分かったというから、そういう出来事が二人の間であったのかもしれない、などと想像するわけである。
 ・・・それにしても、楽譜には sehr lamgsam (非常にゆっくりと)とあるけれど、あんまりゆっくり演奏し過ぎると、マーラーからお𠮟りを受けてしまいそうである。
 だが、私のように解釈すれば、人の寝息にテンポを合わせればよいことになる。
 
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楽譜の解釈(3)

2022年05月25日 06時30分12秒 | Weblog
アンジェラ・ヒューイットが親密に紡ぐ愛の歌。ヒューイット自身の編曲を含むピアノ・トランスクリプション集!『ラヴ・ソングズ』

 セレナード「ささやかな祈り」についての彼女の解説が面白い。
 リストによるトランスクリプションだが、原曲に独自の楽句を挿入しているのが彼らしい。

 「これを聞くと、ショパンといった他の作曲家の作品を演奏する時にリストはきっと何かをやったに違いないだろうが、それはどんなものだったのだろうかと思ってしまう。ショパンは、リストが彼の夜想曲を演奏するのを聞いた後に、リストに対して、書いてある通りに演奏するかまったく演奏しないかのどちらかにしてくれと言ったのである!

 ショパンから苦言を呈されるリスト!
 リストがこれにどう答えたのか知りたいところである。
 私の想像では、「だって、指が動いちゃうんだもん!」。
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越えられない壁

2022年05月24日 06時30分15秒 | Weblog
【ひろゆき】僕も経験しました…コレ言わないと上司は自分を評価しません。ひろゆきが会社での部下の立ち回りについて助言する【切り抜き/論破】
 「社長って自分の会社なので褒められる必要ないんすよ。・・・(下っ端は)自分のやったことが上司に評価されるように立ち回るっていうのが必要になります。・・・無能の中でいくら頑張っても理解されないんすよね優秀さが。・・・これ僕中学2年の時に気付いたんすよね。」

 サラリーマンの世界では、例えば上司の見ているところで残業をすべきであること(アピール残業)なんぞは常識だろうが、このことに中学2年生の段階で気づいていたというひろゆき氏はさすがである。
 だが、「社長は誰からも評価されなくてよい」というと間違いになる。
 確かに、経営者は、社員からは別に評価されなくてもよいが、取引先やユーザーなどから評価されないと立ち行かなくなる。
 不特定多数の人たちを相手にしている会社に至っては、経営者は「世間一般」からの評価を受けることになる。
 対して、典型的なサラリーマンは、ひろゆき氏の想定によれば、目の前の上司の評価を一番に考えて行動すれば足りるのだろうから、経営者の考え方との差は甚だしい。
 サラリーマンと経営者との間には、越えられない壁があるわけである。
 ところが、この「壁」を悪用して、従業員に悪事を働かせ、その責任を押し付けつつ、自分だけ利益をむさぼろうとする経営者・株主も出てくる。
 これは、従業員が、社内の/上司の/トップの評価を第一に考えて行動するよう「飼い馴らされて」しまうからである:。

偽造された通帳…ノルマ地獄「銀行マン」に怨嗟の声は届かない
 「大学出た賢い人ばっかりや。自分のやっとることがどんだけ不正か、ようわかっとったはずや。それでも我が身を守るためにはしゃあない。不正を続けるしかなかった。そういう立場に追い込んだ経営陣はたしかに追放された。しかしやな、その経営陣をしばきまわしていた創業家一族は経営から退いたけどのうのう暮らしとる。そいつらにかぼちゃの馬車で破産したサラリーマンの怨嗟の声は届かない。どうや? 不動産の侘び寂び感じるやろう?

 なんだか、現在のロシアに似ているような気がするのは、私だけだろうか?
 
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ハッピーエンドの違和感

2022年05月23日 06時30分35秒 | Weblog
オルフェオとエウリディーチェ<新制作>
 「大野和士芸術監督のラインアップの大きな柱、バロック・オペラから、音楽と演劇の融合を目指した"オペラの改革者"グルックの代表作『オルフェオとエウリディーチェ』を勅使川原三郎演出、鈴木優人指揮で上演します。グルックは多くの作曲家が取り上げたギリシャ神話のオルフェウス伝説を題材に、バロック・オペラに特徴的な歌手の技巧を顕示するための装飾を抑え、オーケストラの役割を充実させて、劇的緊張に富んだオペラを完成させました。その演劇的な面白さにより、バロック・オペラの中でも群を抜いて今日の上演頻度の高い人気作となっています。

 この演目を観る/聴く機会は必ずしも多くないと思うが、声楽/オーケストラ/ダンスがほどよく調和していて、メロディーもモーツアルト的で、何だか得した気分になる。
 とりわけ、カウンターテナーのオルフェオは「神々しい」というほかなく、”冥界探索”というテーマにふさわしい。
 時間もほどほどで疲れない。
 メインの歌い手は3人ということで、ダンスの方にも予算が使えるためか、勅使河原三郎氏の演出で、なんとアレクサンドル・リアブコが踊っている。
 ところで、この種の「決して見てはならぬ」タイプのタブーとそれが破られる悲劇は、イザナギ・イザナミの物語や鶴の恩返しのように、古今東西普遍的にみられるそうだ。
 日本の場合、悲劇的な結末が待ち受けていることは周知のとおり。
 だが、西欧の場合、タブーを冒した人間の「反省」により、「愛の奇跡」というハッピーエンドが可能となるというのが、北山修先生の解説である。
 とはいえ、日本人にとっては、このハッピーエンドには違和感が残る。
 やはり、「反省」したくない・過ちを犯しても後悔しない国民性のせいなのだろうか?
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抑圧されたものの行方

2022年05月22日 06時30分00秒 | Weblog
【爆笑】PL学園で1年生からエースでも寮生活はエグい!○○先輩に緊張してイップスに!?松井稼頭央の事件続出の青春時代②/5【目覚まし 洗濯板 フルーチェ レイコー マルシンハンバーグww】【西武巨人】

 今でこそ笑い話になっているが、PL学園野球部の寮では、1年生に対する"シゴキ"が慣例となっていたらしい。
 例えば、「1年生は毎朝5時起床だが、目覚まし時計を鳴らしてはいけない」、「ユニフォームは洗濯板で洗わないといけない」、「ユニフォーム類は、先輩が起きる前にその先輩の流儀に従ったたたみ方でセットしておかなければならない」、「1年生はフルーチェを食べてはいけない」などというもの。
 これは一種の加入儀礼であり、軍隊などでは必出で、一部の一般企業でもみられるものだ。
 例えば、1年生は「奴隷」と呼ばれ、部署によっては「奴隷の犬」と呼ばれて先輩たちから"シゴキ"を受ける会社もあるらしい。
 その狙いは、「皆は一人のために、一人は皆のために」の原理(要するに軍事化の原理)を注入することであり、それゆえ「軍事化イニシエーション」と呼ばれることもある。
 そもそも「寮生活」(ある種の新興宗教における集団生活などもそうだが)自体がこれを狙っているわけだ。
 だが、当然のことながら、これには副作用があり、その最たるものが、(反撃・攻撃衝動が内向することによる)メンタル不調や、極端な場合には自分及び他者への攻撃行動である。
 つまり、理不尽な攻撃・刺激を受けてもこれに反撃せず抑圧を続けるうちに、心の中に”モンスター”が育っていくのである。
 フロイト流に説明すると、「抑圧された反撃・攻撃衝動が、エスの中で沈殿・増殖し、(時間を超えて)表出の機会を窺っている」わけである。
 野球部や宗教団体などでは、これを身体の運動や修行・信仰などによって昇華するわけであるが、一般企業の場合はそれが難しい。
 なので、泥酔して意識による制御が緩んだときなどに、周りにいた人を殴る・蹴るなどの暴行を加えてしまう、などという事件が起きるのである。
 
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