明日できること今日はせず
人形作家・写真家 石塚公昭の身辺雑記
 



ようやく乾燥に入る。乾燥させながら細部の仕上げ。そうこうしていて編集長より、その次の特集人物が決まった旨のメール。 アダージョは、私が提案した人物が特集となったのは過去二人だが、この人物も、私が昨年より進言しつづけた人物で、背景として、さる施設を使おうとすると急ぐ必要があった。ただこの人物を制作するには、乗り越えるべきハードルがあまりに多く、しかも高く、決まったら決まったで、慌てることになるな、と考えていた。そこで私は、決まってもいないのに、すでに人物の評伝を2冊入手し、読み始めていたのである。しかし結果、よけいビビることになってしまった。どうするんだ私。  アダージョでは、アダージョで手がけない限り縁のない人物、中には、蛇蝎の如くに嫌いな人物さえいたが、反面、この人物のように、アダージョにでもかこつけないと、手がける機会などない人物もいるわけである。個人的に個展などで発表するにしても、例えば作家のシリーズなど、あるテーマを設定して考えるわけだから、興味があるからと、闇雲に作るわけにもいかない。 と、書いていて、私も大人になったものだと思うのである。かつて、オイルプリントという、すでに廃れてしまった写真の古典技法を、神田の古書街に何年も通って、集めた文献をたよりに制作し続けた頃は、発表することなど思いもよらないのに、他の仕事をせずに没頭していた。周囲には呆れられ、頭では、こんなことは止めなければならないとハラハラしているのに、止めることができなかった。結局数年後に、発表することになり、自分で驚いたわけだが、一技術、2~5年はかかることも判った。 話は脱線したが、発表の出来ない物は作るな。これは私の中の戒めでも、最上位にあるものである。というわけで、この人物は、アダージョでないと、手がける機会がなく、うかつなことも出来ない人物である。8号で古今亭志ん生を作ることが決まった時、複数の落語ファンから、これをしくじったら大変だぞ、と脅されたものだが。 悩んで身悶えるのは、乾燥中の人物が完成してからにしよう。

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