goo blog サービス終了のお知らせ 
明日できること今日はせず
人形作家・写真家 石塚公昭の身辺雑記
 



お露の目の色を変えて怖いというのは男性ばかりで女性は一人もいなかった。むしろこちらが良い、と。怖がる方と怖がらせる方、当然といえば当然だが、こんな怖い物部屋に飾れないだろ、とまでいう人がいたが、まったく判っていない。幽霊画、妖怪画を所有すること、また刺青だってそうだが、それにより魔から身を守るという意味がある。同じ屋根の下にもっと怖いものがおり、せめて飾るのは心安らかになる物を、というのはよく判るが。 円朝から始まった新手法、私なりの筋道を通ってようやくたどり着いた、と自分自身は思いこんでおり、人形専用だろうと思っていたら人物もなかなかの結果が出て、これにより久しぶりに個展を、と考えていた昨日、よりによって昔制作していた黒人シリーズで個展を、という話がきた。1982〜96年までやっていた黒人のジャズ、ブルースシリーズだが、最後の96年のスペースユイの前、数年間ブランクがあり、この間、人形も作らず、廃れていたオイルプリント制作に熱中していた。一つには作品が段々細かくなってきて、それにあわせて楽器を作るのに嫌気がさしていたし、ほとんど架空の人物であったが、人形だけで会場を一杯にする気になれなくなっていた。そして最後となった96年に始めて自作を撮影した写真を発表し、自分で撮るならば、と実在した人物を作りだすきっかけとなった。それが転機となり、翌年作家シリーズに転向したのはHPやブログで度々書いているとおりである。 私がかつてそんな作品を作っていたことを知る人も今では少ないであろう。冗談じゃないよな、ここまで来て、とその頃を知ってる友人数名に話してみたら全員賛成。中にはこの20年、お前等、俺の個展を嫌々我慢しながら観に来てたのか?という失礼な奴までいた。

HP

                              
            

コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )