明日できること今日はせず
人形作家・写真家 石塚公昭の身辺雑記
 



三島由紀夫ほど、仮面の告白以来、自分の性的傾向を含め正直に、かつあからさまにしてきた人はいないように思われるが、亡くなった直後の週刊誌の寄稿文など読むと、私はこうなる事は判っていた、などという多分に後出しジャンケン的な意見に交じり、この期に及んで、まだあれは仮面だった、という意見が友人だといってる連中の中にもあって驚く。あからさまに告白しても、タイトルにただ〝仮面〟を付けただけで、たいした効き目であり、良い時代だったのかもしれない。『椿説弓張月』のパンフレットに書かれた〝私には堕落と悪への嗜欲も潜み、その夢は、雪のふりしきる中に美女達の手で虐殺される武藤太に化身してゑる〟でさえ、すべて本気だったことを数年後知る事になる。配役は腰元美女4人でなく男4人に変更があったものの。 昼過ぎに撮影に出かける。昨年人を介し、撮影許可を得ていた所でようやく撮影。1日では撮り切れないのは判っていた。いずれまた。 明日は『深川江戸資料館』出品用のプリントをお願いしに、久しぶりに田村写真へ。

 

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『石塚公昭 幻想写真展 生き続ける作家た18年7/25~9/2 リコーイメージングスクエア銀座ギャラリーA.W.Pyoutubeこ2016年『深川の人形作家 石塚公昭の世界』 youtube  

 

 深川江戸資料館にて葛飾北斎像展示




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真っ赤な血と降りしきる雪の白さ、白縫姫の弾く琴の音と武藤太のうめき声。いかにもな三島演出である。 別の切腹シーンで血糊が客席まで届きそうで、装置に血しぶきが飛び、毎日塗りなおしたそうである。寺山修司との対談で「僕は、あんなに血を出す気はなかった」と言っている。絶対ウソである。同じ年、映画『人斬り』で田中新兵衛役で唐突に腹を切るシーンで、大映京都撮影所が1年間で使う量の血糊を1日で使ったのは誰だ?「もっと血を!どっぷりと!」の三島由紀夫だろう。 映画『黒蜥蜴』では剥製になり、『からっ風野郎』では刺されて死に、『人斬り』『憂国』では切腹。武藤太が腰元達に裸で竹釘を打ち込まれ惨殺されるシーンでは、身体を鍛えた代役を立てたらしい。本当は自分でやりたかったろうが、文士劇ならともかくさすがの三島も歌舞伎の舞台は遠慮した。『椿説弓張月』のプログラムに書かれた文章を見つけた。〝私には堕落と悪への嗜欲も潜み、その夢は、雪のふりしきる中に美女達の手で虐殺される武藤太に化身してゑる〟ビンゴ。これで私は本人に『聖セバスチャンの殉教』をやられてしまった〝恨み〟を果たすことができる。 『深川江戸資料館』にゴールデンウィークに展示する谷崎潤一郎は、善男善女、お坊ちゃんお嬢ちゃんを前に、背景に女郎蜘蛛の彫り物入れた裸の女ではまずいだろう、と満開の桜にした。下地は金箔という想定だが、こんな事が出来るのは谷崎くらいであろう。

 

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『石塚公昭 幻想写真展 生き続ける作家た18年7/25~9/2 リコーイメージングスクエア銀座ギャラリーA.W.Pyoutubeこ2016年『深川の人形作家 石塚公昭の世界』 youtube  

 

 

 

深川江戸資料館にて葛飾北斎像展示中

 

 




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