明日できること今日はせず
人形作家・写真家 石塚公昭の身辺雑記
 



こんなことが先方に知れると不安にさせてしまいそうだが、当ブログを読んでいる訳がない。知り合いの大手ゼネコン元部長に、芭蕉庵制作に関するメールをした。「まず四本の柱を立てるべきですよね?」専門外のこと故、どんな常識があるか判りゃしない。遺跡を作ったような素朴な連中だって、まずは柱を四本だったろう。数年前まで、高層ビルを建てて来た人に聞くようなことではないが、私のレベルに合わせた返答をいただいた。屋根を別に同時に作るべきである、と。なるほど。これでおおよそ把握した。それを聞かなければ、内部が作り難かろうと、下から上に、最後に屋根を作ったろう。もう大丈夫だ。ユーチューブで一応東屋の建て方などを観ている。 11月中旬まで、一切人形は作るつもりはない。しばしば経験したことであるが、しばらく作らないでいて、久しぶりに作ると、何故だか上手くなっていることがある。それまで真面目に作って来た故の御褒美だ、と解釈している。ただこの作らない期間が中々作れないから気が付かないが、有効ポイントは、結構貯まっているものである。勿論、一日さぽると取り返すのに時間がかかる、なんて渡世もあるだろうけれど。コロナのせいで、褒美に気が付く人も必ず居るに違いない。褒美は有難く受け取っておくべきであろう。 今週中には柱が建つ予定だが、かつてグラントピアノを、その内部構造まで作った経験があるから、あれを考えたら、と思っている。ただその作り方が。設計図などなく、すべて目測で、ピアノのカーブしているところを粘土で作る、という、今思うと考えられない非合理な作り方をしていた。芭蕉庵も、作っている所は決して人に見られてはならないだろう。そして完成する頃には、いつものように思うだろう。”人生も夏休みのバイトの如し。慣れた頃に終わるのであろう“

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