明日できること今日はせず
人形作家・写真家 石塚公昭の身辺雑記
 



数ヵ所壁を張っていないところを塞ぐ。入り口の戸を1枚残してすべて塞がる。漆喰を早く塗りたかったが、下地をまずやっておかなければ後々面倒になる、と予定より遅くなかった。普段段取りなど、あまり考えていないので勝手が大分違う。当初出来た所からやってしまって、後になって剥がしてやり直しして、さすがに段取りを考えるようになった。 今回改めて思ったのが、昔住んだ屋根裏部屋とか、神社で遊んだ記憶などが案外戦力となった。昔、仕事である外人アーティストを作った時、現在の写真やビデオを参考資料に貰ったのにも関わらず、そのまた昔、音楽雑誌で見ていた頃のその人になってしまっており、人に指摘されるまで気が付かない、ということがあった。つまり目で見たことより頭の中のイメージが優先してしまう、というタチな訳で、子供の頃、図工の時間は大好きなのに、写生となるとまったくやる気が出ずへこみ、シャッター押すととりあえず見たまま写る写真に長らく興味を持てなかった理由も、それで解釈が出来そうである。また自分で作った物を被写体とし、撮影することにより、眉間にレンズを向ける疑似“念写”が可能になることを見つけ、その道具、手段としてのカメラ、写真がようやく好きになった。陰影を排除した石塚式ピクトリアリズムに至ったのは全くの必然であったろう。そう思うと、頭に浮かんだイメージは何処へ行ってしまうのか、と悩んだ幼い私であったが、どうもその一点に取り憑かれた一生といえそうである。



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草庵  


芭蕉庵の事をよく草庵というが、本来、茅、藁葺きの庵の事をいうらしい。高さ70センチとなるとそれなりのリアル感が必要となるが、縮尺に合う素材がなく、板葺きにする。全部で三軒が確認されており、板葺きがあってもおかしくはない。ただたかだか十畳程の平屋に、ここまで堅牢な屋根裏が必要なのか、という懸念があった。本日、元大手ゼネコン部長のMさんが、用事ついでに産経新聞の石原慎太郎の三島由紀夫に関するインタビュー記事を届けてくれたので、見て貰った。おそらく学生時代には建築模型など作っただろう。するとこれでおかしくないということで安心する。むしろ強度を心配されていたようだが、事前にアドバイスを貰っていたので、屋根、本体共に、ひっくり返しての作業も可能である。ついでに今はなき木場の酒場『河本』の解体現場から救い出したカウンターを見たいというのでサーフボードを自慢するサーファーのように披露。 石原慎太郎のインタビューは良かったが、小学生の時、母が隠していた『スパルタ教育』を母より先に読んでしまって以来の石原嫌いである。初対面で「思っていたより小さいですね。」なんていうか?三島と逆にデカいことが悪い作用をしている。




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