明日できること今日はせず
人形作家・写真家 石塚公昭の身辺雑記
 

入稿  


明け方Tの仕上げ。今回の反省点は、アイディアが初めからあり、背景を準備していき、そこに主役が納まったのが締め切り間際ということである。入稿の日に撮影というのは良くあるが、今回背景に凝った分、きっちり出来上がった服を着ようと思ったら、サイズが合わないところが判明したのが結婚式の当日、という感じであった。おかげで明け方、もうちょっとで後姿で登場のYさんが削除されるところであった。見た人は、笑顔にはなってくれるので良いとしておくが、少々空回り気味であった。こういうことは二度と繰り返すまい。 後に聞くと、Tにたどり着いた人は結構いたようだが、違うだろう、と思ってしまったようだ。海産物はタコのことだったのだが、Tは胴付き長靴を履いて半身水に浸かっているし、次号の表紙は、特殊な道具を駆使するタコ捕り名人の特集のように見える。
 
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本日は、乱歩展の会場で丸尾末広さんとお会いすることになっているので、Tの撮影だけ済ませておき、最後の仕上げは帰ってからにする。人物像の撮影が、入稿日の前日や当日というのは避けるべきだが、どうしてもそういうことになってしまう。  会場には編集者の方と二人で坐っておられた。随分昔から作品を読んでいるような気がするので、私より一つだけ上、という気がまるでしない。 今から何年前だったろうか、突然、丸尾末広と名乗るメールが着たことがある。それは、こういう人を作ったらどうでしょうか、というようなメールであったが、まさか本人とは思ってないので、何をフザケタことを、と思ったのだが、その人選が、妙にリアルで、悪戯だとして、いったい何が面白いのか判らない。万が一ということもあるので返事を出したが、『こいつ本気にしてやがる』という相手の顔も浮かぶので、失礼にならない程度に、しかし悪戯の相手が喜べない程度の、返事を書いたはずであるが、はたして御本人であった。探せばそのメールも出てくるはずだが、記憶が正しければ、その中に手塚治虫が入っていて、それは後にアダージョで作った。私は漫画家というのは、新人以外はすべてアシスタントがいるものと思いこんでいたが、お1人で描いているそうで、独学というところは私と一緒である。帰り際、『江戸昭和競作 無残絵 英名二十八衆句』(リブロポート)の野坂昭如の『垂乳根心中』“癌で亡くなった母親を慕うあまり、息子の俊一が母の腹を切り裂き、癌細胞に冒された内臓を食べて自らも死を望む”ぺージにサインをいただく。近々、復刻されるそうである。
 
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