はるか昔の、その昔??の、世界的名曲である「上を向いて歩こう」(ただし英語版)。
雨ばかりで、この夏はろくにかまってあげられなかったな~、愛車の”隼(GSX1300R)”。
久しぶりに引っ張り出して通勤したんですけど、途中で思わず聞きたくなってしまって・・・
190PSのエンジン音と、身体が大気を切り裂く際に出るハーモニー、それが織りなす今朝の一時が、
なんとなくこの曲のメロディーに重なったから。
昨日、ほんの少しの、本当に短い時間だっだけど、とても楽しい時間が有った。
色々と話をしているうちに、その流れとは別に、いや並行しながらかな?心は時間を飛び越えて、初めて就職したあの頃へと戻る。
思い返せば、今思えば、なんてことない事で傷ついていた気がする10代だった様な気がする。
年を重ねるという事はとても素晴らしいことで、しかしながら”生きるという事”は、ツライことの積み重ねそのものでもある。
しかしながらね、心弾む出来事はその間にたくさん存在していて、
それは、ピリッとした香りで料理の味を一変させるスパイスの様でも有り、又は苦いコーヒーをまろやかにするミルクのようでも有って・・・。 
そんな年月の蓄積としての、僕という一人の人間が今ここに居る。

生きる事は心を鍛錬することだ、強くなる事そのものでもあり、強くなければ優しい人間には決してなれない。
何故なら、弱い者は自分を守る事だけで精一杯だから。
ヤンキー連中を見ればすぐに判るよね、彼らは虚勢の中で身を守っている代表だから(笑)

優しさは演じる事が出来る物で、弱くてもそれは簡単に出来て、ただしそれは、相手に嘘をついているのと殆ど変わりがない。
心をトレーニングして、揺るがない人間性が備わった者の優しさというのは、特段何もせずとも自然に滲み出てくるもので、
目に見えないからこそ、とても美しいものだ。
僕には、常々 ”己” に対して問いかけている事が有る。
このブログを長く読んで頂いている方なら、記事で何度も取り上げているので知っていると思うけど、それは男の3大条件。
いや最低条件というべきだろうか?
その1.粗食に耐え、糧と安らかに眠れる場所を、愛すべき人にもたらし、敵から守れること。
その2.自分を取り囲む人達を、存分に甘えさせられることの出来る人間的器の大きさ
その3.愛する人に十分な性的満足を与えられる事、健康的な躰
この3つに最高得点という物は存在せず、それが故に”それが何か?”を永遠に探訪せねばならないものでも有る。
問いかけ続けている理由は、それが男としての礎であり、最低限備えていなければならない物でもあり、
これが出来てこそ、その上に男としての付録(魅力となるあらゆる要素)を初めて載せていく事ができるから。
少なくとも僕はそう思っている。 
この季節の朝にしては暖かいな・・・・と思いながらバイクを駐め、いつもの様に職場建物に向かって歩く。
ドアに向かう敷地芝生の上を歩いていると、短く刈られた中に、溶け込むようにしてたたずんでいる一匹の蝶がいた。
握っていたスマホを、カメラモードにしてそっと近づいたら、どうやら微睡みを壊してしまったらしく、飛びあがった、
「あ~しまった、どこかに飛んでいってしまうかな?と・・・・」
そう、一瞬思ったのだけど、その美しい身体にまとわりついていた朝露が邪魔でもしたのか? それとも敵ではないと思ってくれたのか、
ほんの30cm程先に、再び舞い降りた。
「驚かしてしまって、ごめんね!」今度はそう心で呼びかけつつ、そ~っと近づいてシャッターを切らせてもらった。

数枚撮らせてもらうと、「さよなら!(ありがとう)」という思いを込めてその小さな存在に手を振り、
その先10Mほど先にある入り口ドアへ向かってロック解除。
扉を開けて中に入ろうとしたら、左の花に何故か目が留まった。
多分、何時も咲いていたのだろうとは思うけど、特段意識することもなくて、ただ、先程の蝶と同じ黄色だった事が、目に留まった理由のようだ。

幸せの色と言われる黄色。
蝶、 花、 そして黄金色に空を染めて顔を表しつつある太陽の、3つが重なった朝。
何気ない風景、何気ない空気、何気ない出来事、一瞬だけ存在してすぐに消えてしまう中にも、必ず存在する小さな幸せ、
それを出来るだけ感じ取ることを、僕は大切にしている。
もし、この3つ揃ったことが某かの幸福を運んでくれる神様のメッセージであったなら、それは僕ではなくて、僕を取り囲む、
僕に繋がる全ての人に、少しずつ届け! そう願う翔なのです。
今日は晴れ、 帰りは青空の下を、隼に跨って飛ぶように帰宅できそうです、朝もらった小さな幸せに満たされた心と供に。
てへへ