どっちかというと、何事もプラス志向で、前向きの方なんだけど(よって楽天的)、我ながら、いい加減情けなくなった。楔状骨を骨折したときとはちがって、歩くことも出来るし、捻挫ぐらいにしか思えなかったが、年でもあるしと一応レントゲンを撮ってもらいに町立診療所へ行った。レントゲン写真を見ながら、「折れていない」と私が言うと、「折れているよ」と先生、「どれ~」ともう一度のぞきこむと、なるほど、くっきりとではないが、細かく線が入っている。「あ~、またやっちゃった。やんなっちゃうな、情けなくて悲しくなるよ」とぼやいた。う~ん、歩くのは出来るんだけど、前と比べると、痛み止めは飲んでいても、痛みがあるから心配はしていたんだ。やっぱり。痛み止めは前の骨折の時のもの。薬を見てもらって、飲んでいていいと言われた。
折れたのは第一中足骨、またまた骨の名前の復習だ。Metatarsus(Metatarsal bones)こんなに続けて骨折するなんて、骨がもろくなっているのかもしれない。骨密度の測定をしてもらおう。栄養大学の香川先生が、40歳を過ぎたら、老後のために、牛乳を欠かさず飲んで骨を丈夫にしておこう、と提唱していたので、それにしたがって牛乳はずっと飲んできたし、乳製品の摂取もずっとしてきたし、どちらかというと頭で食べてきたんだけどね、ふんだ!やっぱり歳には勝てない。いくら丈夫でも、71年もこの体を使ってきたんだから、がたも出ようというもの。
足の骨の名前:http://www3.ocn.ne.jp/~fukurow/bone4.html
これであまり縁のなかった診療所に通えるし、若杉先生とも親しくなれそうだし、まぁこれでよしとするか。
相変わらずの野次馬振りを発揮すると、若杉医師の患者への対応はよかった。看護士も受け付けも、まずまず。でもさ、処置室に座ってきょろきょろしているとアタックが目に入った。やだ~、合成洗剤使っているんだ。病院って、意外と無神経なんだよねぇ。
ギブスをはめてもらい、でも歩くのはそんなに苦ではないから、そのまま熱海の病院へ行ってきた。今週はアッシー君が忙しくていないから、もう来られないよ、と言ってきた。
テーブルに楽譜がのっていた。「ほほえみ」という名の楽譜。開けると何人かの詩人の詩が載っている。いくつかの詩をあわせて組曲にしてあるみたいだ。「あれ、坂下真民さんだ」「だれ、その人」「知らないの?知ってるはずだよ。ほら、二度とない人生だから・・の詩人だよ」「あ~、わかった」「立原道造もいる」「知らないな」「この人は若くして亡くなった詩人でね。私も若いころは好きで暗記したからまだ覚えているよ。専攻は建築科で、目標はルインだって言っていたそう」「夭折したのか、そんな感じの詩だね」
立原道造の詩、思い出して口ずさんだ。まだ他にも覚えているけれど。さすが乙女チックだね、若い人の詩だ。
夢はいつもかへって行った 山の麓のさびしい村に
水引草に風が立ち
くさひばりのうたひやまない
しづまりかへった午さがりの林道を
うららかに青い空には陽がてり 火山は眠っていた
―――そして私は
見てきたものを 島々を 波を 岬を 日光月光を
だれもきいていないと知りながら 語りつづけた・・・
夢はそのさきには もうゆかない
なにもかも 忘れ果てようとおもひ
忘れつくしたことさへ 忘れてしまったときには
夢は 真冬の追憶のうちに凍るであらう
そして それは戸をあけて 寂寥のなかに
星くずにてらされた道を過ぎ去るであらう