安倍晋三が2015年10月18日、海上自衛隊観艦式に出席、自衛隊最高指揮官として訓示している。
安倍晋三「本日の観艦式に臨み、堂々たる艦隊、整斉たる航空機、そして高い練度を示す隊員諸君の凛々しい姿に接し、自衛隊の最高指揮官として、大変心強く、頼もしく思います。
海に囲まれ、海に生きる。海の安全を自らの安全とする国が、日本です。我々には、「自由で、平和な海を守る国」としての責任がある。その崇高なる務めを、諸君は、立派に果たしてくれています。
この大海原の真ん中にあって、波濤をものともせず、正確無比なる「海の防人たち」の勇姿を目の当たりにし、その感激もひとしおであります。
荒波を恐れず、乱気流を乗り越え、泥まみれになってもなお、ただ一心に、日本の平和を守り続けてきた、全ての隊員諸君。この困難な任務に就く道を、自らの意思で進み、自衛隊員となった諸君は、日本の誇りであります。
この夏、先の大戦から、70回目の8月15日を迎えました。
この70年間、日本は、ひたすらに平和国家としての道を歩んできました。それは、諸君たち自衛隊の存在なくして、語ることはできません。先人たちは、変転する国際情勢のもと、平和を守るために、そして、平和を愛するがゆえに、自衛隊を創設したわけであります。
残念なことに、諸君の先輩たちは、心無い、多くの批判にさらされてきました。中には、自衛隊の存在自体が憲法に違反する、といった議論すらありました。
しかし、そうした批判に歯を食いしばり、国の存立を全うし、国民を守るために、黙々と任務を果たしてきた、諸君の先輩たち。現在の平和は、その弛まぬ努力の上に、築かれたものであります。
相次ぐ自然災害。そこには、必ず、諸君たちの姿がありました。
先月の関東東北豪雨における、ヘリコプター部隊による懸命の救助活動。逃げ遅れた人々を救うため、危険も顧みず、濁流へと飛び込む自衛隊員の姿は、多くの国民の目に、鮮明に焼きついています。
豪雪、地震、火山の噴火。自衛隊の災害派遣は、実に4万回に達します。
そして今や、自衛隊に対する国民の信頼は、揺るぎないものであります。その自信を持って、これからも、あらゆる任務に全力であたってほしいと思います。
我々には、もう一つ、忘れてはならない8月15日があります。
『緊急発進せよ』
16年前の8月15日、宮崎県の新田原基地に、夜明け前の静寂を切り裂く、サイレンが鳴り響きました。
国籍不明機による領空接近に、近者明宏2等空佐と、森山将英3等空佐は、F4戦闘機でスクランブル発進しました。
稲妻が轟く悪天候も、上昇性能ぎりぎりの高い空も、二人は、まったく恐れることはありませんでした。
そして、『目標発見』の声。『領空侵犯は決して許さない』という、二人の強い決意が、国籍不明機を見事に追い詰め、我が国の主権を守りました。
しかし、その直後、突然、交信が途絶えてしまった。二人が再び基地に戻ることはありませんでした。
『事に臨んでは危険を顧みず、身をもって責務の完遂に努め、もって国民の負託に応える。』
この宣誓に違うことなく、近者2等空佐と、森山3等空佐は、文字通り、命を懸けて、自衛隊員としての強い使命感と責任感を、私たちに示してくれました。
アジア太平洋地域における諸君の確固たるプレゼンスが、米国や、志を共にする民主主義諸国とともに、冷戦を勝利へと導き、そして日本の平和を守ってきた。そのことは、歴史が証明しています。
諸君を前にするたび、私は、一つの言葉を思い出します。
『雪中の松柏、いよいよ青々たり』
雪が降り積もる中でも、青々と葉をつけ、凛とした松の木の佇まい。いかなる困難に直面しても、強い信念を持って立ち向かう人を、讃える言葉であります。
ただ、ひたすら、国民のため。その志を抱いて、24時間365日、大きなリスクもいとわず、任務を全うする。諸君の崇高なる覚悟に、改めて、心から敬意を表します。
どうか諸君には、これからも、どんな風雪にもビクともしない、松の木のごとく、いかなる厳しい任務にも耐えてもらいたい。そして、常に、国民のそばにあって、安心と勇気を与える存在であってほしいと願います。
遥かかなた、アフリカ・ソマリア沖。海の大動脈・アデン湾は、かつて、年間200件を上回る、海賊襲撃事案が発生していた、危険な海でした。
ここを通過する、ある船の日本人船長は、海賊への不安を口にする乗員やその家族にこう語ったそうであります。
『海上自衛隊が護ってくれるから大丈夫だ。安心していいんだ。』
今年ついに、海賊による襲撃事案はゼロになりました。諸君の献身的な努力の結果であり、世界に誇るべき大成果であります。
そして、戦後初めて、自衛隊から多国籍部隊の司令官が誕生しました。これは、これまでの自衛隊の活動が、国際的に高く評価され、信頼されている、何よりの証でありましょう。
先日来日したフィリピンのアキノ大統領は、国会で演説を行い、このように語っています。
『かつて、戦艦『伊勢』が、史上最大の海戦に参加するため、フィリピンの海域を航行しました。』
『しかし、2年前の台風の時、同じ名前の、護衛艦「いせ」は、救援、思いやり、そして連帯を、被災者に届けてくれた』のだと。
これまでの自衛隊の国際協力は、間違いなく、世界の平和と安定に大きく貢献している。大いに感謝されている。世界が、諸君の力を、頼みにしています。
その大いなる誇りを胸に、諸君には、より一層の役割を担ってもらいたいと思います。
さて、本日の観艦式には、オーストラリア、フランス、インド、韓国、そしてアメリカの艦艇が参加してくれています。全ての乗組員の皆さん。はるばる御参加いただき、ありがとうございます。
また、本日は、アメリカの空母ロナルド・レーガンも、日米共同訓練の途中、姿を見せてくれました。東日本大震災の時、被災地に駆けつけてくれた、「トモダチ」であります。今月から、横須賀を母港に、再び日本の守りに就いてくれる。ありがとう。ようこそ日本へ。心から歓迎します。
日本は、皆さんの母国をはじめ、国際社会と手を携えながら、『自由で平和な海』を守るため、全力を尽くします。『積極的平和主義』の旗を高く掲げ、世界の平和と繁栄に、これまで以上に貢献していく決意であります。
『平和』は、他人から与えられるものではありません。自らの手で勝ち取るものであります。
イギリスの元首相・チャーチルは、ヨーロッパがミュンヘン会談など安易な宥和政策を重ねながら、最終的に第二次世界大戦へと進んで行ってしまった、その道のりを振り返り、次のように述べています。
『最初はすべてが容易であったが、後には事態が一段と困難になる』。そして、この戦争ほど『防止することが容易だった戦争は、かつて無かった』。こう反省しています。
二度と戦争の惨禍を繰り返してはならない。そのために、私たちは、常に、最善を尽くさなければなりません。国際情勢の変化に目を凝らし、必要な自衛の措置とは何かを考える。そして、不断に抑止力を高め、不戦の誓いをより確かなものとしていく。
私たちには、その大きな責任があります。
日本を取り巻く安全保障環境は、一層厳しさを増しています。望むと望まざるとに関わらず、脅威は容易に国境を越えてくる。もはや、どの国も、一国のみでは対応できない時代です。
そうした時代にあっても、国民の命と平和な暮らしは、断固として守り抜く。そのための法的基盤が、先般成立した平和安全法制であります。積極的な平和外交も、今後、一層強化してまいります。
私たちの子どもたち、そして、そのまた子どもたちへと、『戦争のない平和な日本』を引き渡すため、諸君には、さらなる任務を果たしてもらいたいと思います。私は、諸君と共に、その先頭に立って、全力を尽くす覚悟であります。
御家族の皆様。
大切な伴侶やお子様、御家族を、隊員として送り出して下さっていることに、最高指揮官として心から感謝申し上げます。
皆さんの支えがあるからこそ、彼らは全力を出し切って、国民の命と平和な暮らしを守ることができる。本当に、ありがとうございます。彼らがしっかりと任務を遂行できるよう、万全を期すことを、改めて、お約束いたします。
さらに、常日頃から自衛隊に御理解と御協力をいただいている御来賓の方々をはじめ関係者の皆様に対しても、この場を借りて、感謝申し上げたいと思います。
隊員の諸君。
諸君の前には、これからも、荒れ狂う海が待ち構えているに違いない。しかし、諸君の後ろには、常に、諸君を信頼し、諸君を頼りにする、日本国民がいます。
私と、日本国民は、全国25万人の自衛隊と共にある。その誇りと自信を胸に、それぞれの持ち場において、自衛隊の果たすべき役割を全うしてください。大いに期待しています。
平成27年10月18日 自衛隊最高指揮官内閣総理大臣 安倍晋三」(以上)
「我々には、『自由で、平和な海を守る国』としての責任がある。その崇高なる務めを、諸君は、立派に果たしてくれています」と言い、そして「荒波を恐れず、乱気流を乗り越え、泥まみれになってもなお、ただ一心に、日本の平和を守り続けてきた」と褒め称えている。
確かに政府は「『自由で、平和な海を守る国』としての責任がある」。そのことの理解は一国のリーダーとして当然である。だが、国を守る責任は一義的には国民の意志を受けた政治の意志が果たすべき務めであり、軍隊はそのような政治の意志を自らに反映させ、その意志を自らに与えられた職務によって遂行する一つの組織に過ぎない。
当然、軍隊の役割は政治の意志を反映させた職務の範囲内にとどまることになる。
軍隊の役割が政治の意志を反映させた職務の範囲内にとどまらない無関係なものであったなら、軍部は政治から独立した組織ということになって、いわば文民統制を外れた存在となり、軍部独裁か、政治と軍隊が対等な二頭体制か、いずれかを国家体制とすることになり、戦前の日本では許されるが、戦後の日本に於いては非常に危険な、民主主義に反する関係ということになる。
自衛隊が政治の意志を常に反映させた一つの存在にとどまらなければならない以上、「日本の平和を守り続けてきた」主語は国民の意志を受けた各歴代政府に置かなければならないはずだし、現実にもそのとおりなのだが、安倍晋三は自衛隊という軍隊に置いている。
このような主語の使い方は訓示の際、自衛隊最高指揮官内閣総理大臣と名乗っているのだから、自衛隊が政府行政機関所属の一つの組織に過ぎないことを弁えていながら、政府と自衛隊の関係を逆転させるかのような軍事優先の思想をどこかに潜ませているからだろう
何日か前のブログに国の存立を担うのは政治・経済・社会・文化・教養等々の国民の総合力だと書いたが、主語を自衛隊に置いて、自衛隊が「日本の平和を守り続けてきた」とするのは政府を脇に置き、国民を脇に置いているのだから、どう考えてもおかしい。まるで軍事国家さながらの様相となる。
この主語を置き換える軍事優先の思想はスクランブル発進した自衛隊機が「我が国の主権を守りました」と言っている言葉にも現れている。
「16年前の8月15日、宮崎県の新田原基地に、夜明け前の静寂を切り裂く、サイレンが鳴り響きました。
国籍不明機による領空接近に、近者明宏2等空佐と、森山将英3等空佐は、F4戦闘機でスクランブル発進しました。
稲妻が轟く悪天候も、上昇性能ぎりぎりの高い空も、二人は、まったく恐れることはありませんでした。
そして、『目標発見』の声。『領空侵犯は決して許さない』という、二人の強い決意が、国籍不明機を見事に追い詰め、我が国の主権を守りました。
しかし、その直後、突然、交信が途絶えてしまった。二人が再び基地に戻ることはありませんでした。
『事に臨んでは危険を顧みず、身をもって責務の完遂に努め、もって国民の負託に応える。』
この宣誓に違うことなく、近者2等空佐と、森山3等空佐は、文字通り、命を懸けて、自衛隊員としての強い使命感と責任感を、私たちに示してくれました」――
「Wikipedia」がスクランブル発進について次のように解説している。
〈防空識別圏における識別不明機に対する対応手順は以下の順となっている。
レーダーサイト(軍事用レーダーの地上固定局)が、防空識別圏(各国が防空上の必要性から領空とは別に設定した空域)に接近している識別不明機を探知する。
提出されている飛行計画との照合する。
レーダーサイトが当該機に航空無線機の国際緊急周波数121.5MHzおよび243MHzで日本国航空自衛隊であることを名乗り、英語または当該国の言語で領空接近の通告を実施する。
戦闘機をスクランブル発進させて目視で識別する。
戦闘機からの無線通告をする。
「貴機は日本領空に接近しつつある。速やかに針路を変更せよ。」
領空侵犯の無線警告と、当該機に向けて自機の翼を振る「我に続け」の警告を見せる。
「警告。貴機は日本領空を侵犯している。速やかに領空から退去せよ。」
「警告。貴機は日本領空を侵犯している。我の指示に従え。」
「You're approching to Japan airdomein. Follow my guidance」
「トリィ チェピーリ ボジューノ イジーイズ ゾーナ イポーニ」(ロシア語)
警告射撃を実施する。
自機、僚機が攻撃された場合、国土や船舶が攻撃された場合は、自衛戦闘を行う。
但し、自衛隊法第84条には「着陸させる」か「領空外へ退去させる」の二つしかなく、軍用機による侵犯行為であっても、それに対する攻撃について明確な記述はない。ただし、自機や国土に対する正当防衛の観点から、スクランブルの際に2機編成で対処中に1機が攻撃を受けた場合、もう1機が目標に対して攻撃を加えることは可能である。その一方で、侵犯機がスクランブル対処機以外の航空機や海上の護衛艦、地上の部隊等に攻撃を加えた場合、パイロットの判断でこれを撃墜することは難しい。〉――
外国から侵略を受けて、各種インフラや建物が破壊されながら、その攻撃を撃退して「我が国の主権を守りました」と言うなら、理解できる。単に領空侵犯外国機に対して緊急発進をし、無線で領空に侵入しないように警告を発する。既に領空侵犯していたなら、領空からの退去を指示する。その職務を無事果たし終えたことを、「我が国の主権を守りました」と言っている。
自衛隊の役割に過剰なまでの意味づけを行っているところに、主語を歴代政府に置くところを自衛隊という軍隊に置いているのと同じ軍事優先の思想を見ないわけにはいかない。
そして、「国民の命と平和な暮らしは、断固として守り抜く。そのための法的基盤が、先般成立した平和安全法制であります」との表現で、恰も平和安全法制のみが国民の命と平和な暮らしを守る法的基盤だとしているところにも、軍事優先の思想を見ないわけにはいかない。
繰返しになるが、国を守る責任は一義的には国民の意志を受けた政治の意志が果たすべき務めであり、自衛隊はそのような政治の意志を自らに反映させ、その意志を自らに与えられた職務によって遂行する一つの組織にとどまる。
安倍晋三は国民と政府と自衛隊のこのような関係を無視して、平和を守るのも、国民の命を守るのも、さも自衛隊であるかのようにその主語を自衛隊に置いて、自衛隊の役割に過剰なまでの意味づけを与えている。
民主国家のリーダーでありながら、軍隊という存在に対するこの過剰なまでの意味づけは非常に危険な軍事優先の思想そのものである。