安倍晋三が8月25日(2018年)から地方行脚を本格化させているのは地方重視の姿勢をアピール、党員票を掘り起こしたい考えからだといったことをマスコミが伝えていた。
「時事ドットコム」の「首相動静」を見ると、8月25日は宮崎市のシーガイアコンベンションセンター内の宴会場「サミットホール」で午後7時から同9時6分まで自民党宮崎県連所属国会議員、地方議員、地元首長らとの懇談会。8月26日は鹿児島県垂水市で午後4時近くに総裁選立候補表明、鹿児島市の鹿児島サンロイヤルホテル内宴会場「太陽の間」で午後5時過ぎから自民党鹿児島県連の政談演説会に出席し、演説。
2018年8月27日は福井市に行き、午後0時15分から同43分までホテルフジタ内宴会場「瑞雲」で自民党福井県連の山崎正昭会長ら衆参両院議員、県議らと昼食。同午後0時52分から同1時34分まで同ホテル内の宴会場「天山」で同県連の会合に出席し講演を行い、その合間に農林水産関係その他の施設の視察等をこなしている。
但し8月26日に鹿児島県垂水市で記者団に向けて表明した総裁選立候補発言には「地方」という言葉は一言も入っていない。
「出馬表明全文」(産経ニュース/2018.8.26 18:26) 記者「総裁選の告示まで2週間を切ったが、出馬についての考えをお聞かせください」 安倍晋三「『日本を取り戻す』。この志のもと、党一丸となってこの5年8カ月、内政、外交に全力を尽くして参りました。5回の国政選挙において、国民の皆様から安定的な政治基盤をいただき、誰にも働く場所がある、まっとうな経済を取り戻し、外交においては日本の大きな存在感を取り戻すことができました。 今こそ少子高齢化、激動する国際情勢に立ち向かい、次の時代の新たな国づくりを進めていく準備は整った。この思いで昨年、総選挙に打って出ました。そして国民の皆様から大きな支持をいただいたのは、わずか11カ月前のことであります。この国民の皆様の負託に応えていくことは、私の責任であります。 来年、皇位の継承、そして日本で初めてG20(20カ国・地域)サミット(首脳会議)を開催します。そしてそのさらに先には、東京五輪・パラリンピックが開催されます。まさに日本は大きな歴史の転換点を迎える。今こそ日本の明日を切り開くときです。平成のその先の時代に向けて、新たな国づくりを進めていく。その先頭に立つ決意であります。 6年前、大変厳しい総裁選を戦いました。厳しい総裁選となることは初めから分かっていましたが、国民のため、日本国のため、それでもなお挑戦しなければならない。その決意は今でも変わりはありません。そして、そのときの志にはいささかの揺らぎもありません。そして、この志を支える気力、体力、十二分であるとの確信に至った以上、責任を果たしていかねばならないと考えています。 子供たちの世代、孫たちの世代に、美しい伝統あるふるさとを、そして誇りある日本を引き渡していくために、あと3年、自由民主党総裁として、内閣総理大臣として、日本のかじ取りを担う決意であります。その決意のもと、来月の総裁選に出馬いたします」 記者「総裁選の争点はどうお考えでしょうか」 安倍晋三「これから先の、まさに歴史の大きな転換点を迎える中にあって、日本の国づくりをどのように進めていくか。どのような国づくりをしていくかということが争点であろうと思います。そういう骨太の議論をしていきたいと思っています」 記者「石破茂元幹事長が政策テーマごとの討論会を求めていますが、応じるお考えはありますか」 安倍晋三「どのような総裁選にしていくか。これはまさにそれぞれの候補者が自分の考え方を持っておられるんだろうと思います。その中で、自由民主党において、選挙管理委員会がありますから、その中で、今までの総裁選挙と同じようにルールを決めて、しっかりとその中で論戦を戦わせるべきなんだろうと思います」 |
「『日本を取り戻す』。この志のもと、党一丸となってこの5年8カ月、内政、外交に全力を尽くして参りました」、「子供たちの世代、孫たちの世代に、美しい伝統あるふるさとを、そして誇りある日本を引き渡していく」、「日本の国づくりをどのように進めていくか。どのような国づくりをしていくか」等々、例の如く実態を無視した抽象的な耳障りのいい言葉を並べているだけである。
アジアを取り巻く安全保障環境は悪化の一途を辿り、その中で悪化していた中国との関係の改善への進展が僅かな光となっているが、この現象は中国とアメリカとの関係悪化を受けた相対的な関係改善でしかない。その証拠に中国の南シナ海への軍事的進出、覇権主義は膠着状態にあるままである。
「外交に全力を尽くして参りました」と言っているが、北朝鮮の核脅威に軍事力強化で対抗することが果たして外交努力と言えるだろうか。
「外交においては日本の大きな存在感を取り戻すことができました」と言っていることも、どの国のどの首脳に対しても北朝鮮の脅威に対して「圧力強化、圧力強化」と声を上げていることの印象がつくり上げた存在感に過ぎない。
5年8カ月の政治成果として「誰にも働く場所がある」ことを挙げているが、内閣府の《新規学卒就職者の在職期間別離職状況》を見ると、見つけた「働く場所」が働くに常に理想の場所ではないこと教えていて、その流動性を加味した場合、「誰にも働く場所がある」なる言葉は事実から遠ざかる。
2016年3月に大卒で就職した44万7628人に対して3年目までの離職者数5万627人。離職率が11.3%。この離職者数5万627人は1年目の離職者数を指し、この統計にはまだ2年目と3年目の離職者数と離職率が記載されていない。
前年の2015年3月に大卒で就職した44万1783人に対して3年目までの離職者数9万8342人、同離職率が22.3%。これは1年目の離職者5万2490人と2年目の離職者4万5852人を合計した人数で、3年目の離職者数はゼロということはあり得ないはずだが、記載されていない。
いずれにしても2015年は3年目までの離職率が22.3%のなかなかの高率となっている。このような離職に加えて時間の都合がつくことの代償に安い賃金で我慢せざるを得ないパートや非正規の状況を考えると、「誰にも働く場所がある」のバラ色ははますます色褪せて見えてくる。
安倍晋三は「少子高齢化」に関してはこの言葉を一言言ったのみで、「5年8カ月」の間にどのような政治成果を上げたのか、上げなかったのかは触れずじまいで、「激動する国際情勢に立ち向かい、次の時代の新たな国づくりを進めていく準備は整った」と巧みに切り替えている。
安倍政権は人口減少と少子高齢化には何ら手を打つことができなかったばかりか、「地方における人口定住」を掲げることで東京圏一極集中の阻止を図ろうとしていたが、何ら成果を上げることができないでいる。
さらに人口減少と少子高齢化を受けた人手不足対策に移民政策に反対している手前、在留資格を条件とした外国人の受け入れを進めているが、ただ単に人手不足の解消を言うだけで、それがどのような「国づくり」に繋がるのか、あるいは「どのような国づくり」のもと、外国人受け入れを進めていくのかのグランドデザインについてはついぞ耳にしてはいない。
少子高齢化、人口減少、農業の後継者不足、耕作地放棄等々の現実を前にして、「子供たちの世代、孫たちの世代に、美しい伝統あるふるさとを、そして誇りある日本を引き渡していく」と平気で発言できる如何わしさは相変わらずである。石破茂が総裁選キャッチフレーズに「正直・公正・謙虚で丁寧な政治」を掲げるのも無理はない。
「5回の国政選挙において、国民の皆様から安定的な政治基盤をいただいた」と言い、「昨年、総選挙に打って出ました。そして国民の皆様から大きな支持をいただいた」と言っているが、2014年12月の総選挙では国民が最大の利害対象の一つとしている消費税増税の延期、2017年10月の選挙では消費税増税分の教育費無償化への使途変更で甘い餌を撒き、北朝鮮の脅威で国民をその気にさせた巧みな選挙戦術が要因となった議席数の大幅な獲得であって、このような勝利が安倍政権が拡大した格差の是正には何ら役立っていない。
この格差拡大は大企業が軒並み最高益を得ていながら、一般国民の給与は満足に増えず、その結果、個人消費の低迷となっているところに現れている。
要するに都合がいいことだけ口にして、都合の悪いことは触れない、いつもの弁論術を巧みに駆使しているに過ぎない。
一方の総裁選立候補者石破茂はアベノミクスの主要な弱点の一つが中央と地方の経済格差と見たのだろう。《自民 石破元幹事長 安倍政権の地方創生 「勢い失った」と題する2018年8月24日付「NHK NEWS WEB」が石破茂の発言を伝えている。
石破茂「地方創生は安倍政権で始まり、初代の担当大臣は私だが、少し勢いを失ったかもしれないという実感を地方が持っているのが現実だ。
政府の骨太の方針には『経済成長の果実を都市から地方へ』とあるが、私はその考えはとらない。果実は地方で生み出すもので、『地方こそ成長の主役』という考えを政策の中心に据える」
「骨組との方針」、「経済財政運営と改革の基本方針2018について」(平成30年6月15日閣議決定)には、〈6.地方創生の推進
アベノミクスの推進により回りつつある経済の好循環を一層拡大していくためには、経済成長の果実を都市から地方へ、大企業から中小企業・小規模事業者へ波及させていくことが不可欠である。〉と実効性あるかのように謳っている。
何しろ「骨太」と略称している以上、半ば実効性を自ら保証しているようなものでなければならない。
〈経済成長の果実を都市から地方へ、大企業から中小企業・小規模事業者へ波及させていく〉利益分配はトリクルダウン方式を採っていることになる。ブログに何度も書いてきたが、トリクルダウン(trickle down)とは「(水滴が)したたる, ぽたぽた落ちる」という意味で、法人税減税等の税制や日銀の金融政策、その他の政策で大企業や富裕層を富ませることによって、その富の恩恵を中小企業以下、中流以下の下層に向かって滴り落ちていく利益再分配の形を取るが、上が富の恩恵をすべて吐き出すわけではないし、より下の階層も同じで、受けた恩恵を自らのところに少しでも多く滞留させようとする結果、各階層毎に先細りする形で順次滴り落ちていくことになり、最下層にとっては多くの場合、雀の涙程の富の恩恵――利益分配ということもある。
但し人間社会に於ける収入という利益獲得は否応もなしにトリクルダウン式利益配分の構造によって成り立っている。会社(=企業)が利益を上げ、その中から被雇用者に給与として利益配分する給与体系を基本としている以上、上がより多く手にし、下がより少なく手にするトリクルダウン式利益配分になるのは宿命と言うことができる。
当然、そこには経済格差が生じる。経済格差によって、社会は上層・中間層・下層という階層社会を形成することになる。このような階層構造そのものがトリクルダウン式利益配分そのものを象徴している。
経済格差は避けられない社会的構図だとしても、トリクルダウン式利益分配が偏り過ぎないように監視し、偏り過ぎた場合は是正するのが政治の役目であろう。
ところが、安倍晋三は自身のアベノミクスを自慢するが、トリクルダウン式利益分配が偏り過ぎないように監視し、偏り過ぎた場合は是正する自らの役割に無力であった。
尤も安倍晋三自身は数々の統計を上げて、「安倍政権で格差が広がったというのは誤りだ」と格差拡大を否定しているが、大企業が日銀の異次元の金融緩和で軒並み最高益を上げているのに対して個人消費が低迷している経済状況はトリクルダウン式利益分配が下にまで満足に機能せず、上にだけ利益が集まる格差拡大の象徴以外の何ものでもなく、安倍晋三は強弁という手を使って、自分の目を見えなくしているに過ぎない。
安倍晋三はこの強弁という一種のウソ混じりの主張を自身のアベノミクスがトリクルダウンであることを否定する際にも使っている。2015年3月16日の参議院予算委員会。
自民党の伊達忠一君が2015年1月のNHKの世論調査で「景気回復の実感を全国に届けることについて期待できない」が58%、日経済の2月の世論調査では、「景気回復を実感できない」が81%あったが、GDPの消費税増税後初めてのプラスや株価の値上がりを例にして、世論調査に現れた数字に首を傾げ、安倍晋三の経済ブレーンであるエール大学の浜田教授の「アベノミクスはどちらかというとトリクルダウンだ」との発言を挙げて、これは勘違いで、こういった勘違いが世論調査の数字に現れているのではないかと安倍晋三に質問した。
安倍晋三「浜田さんはまさにマクロ経済学者、特に金融の分野の専門家としてのお考えを述べられているわけでございます。その中においてトリクルダウンという言葉を使われたということでございますが、そもそも、例えば浜田先生は、この2年間はなかなか言わば賃金が上がっていくという状況は難しいんではないかということもおっしゃっていたわけでありますが、我々は政治的にそれはそこまで待つわけにはいかないから、その前に政労使の会議を始めて我々はまさに賃金を引き上げていく、その前に前倒しして引き上げていくという政策を打っているわけでございまして、ここがいわゆるトリクルダウン理論とは違うものでございまして、言わば我々の取っている政策というものは、しっかりと底上げを図っていく、国民の皆さんの収益が増えていく、私たちが進めている政策によってなるべく早く皆さんの収入が増えていく、そしてそれは地方にも展開をしていく、そのための政労使の会議であり、地方創生であるわけでございます」
トリクルダウン方式ではない経済政策などあり得ない。大体が会社が利益を挙げて、その利益のいく分かを給料として従業員に配分するのもトリクルダウン方式であって、トリクルダウン方式とは逆の流れを取る底上げ型で、従業員の給料が先に増えて、そのことによって会社の利益が上がるカネの流れなどあるわけはない。
安倍晋三のこの不正直さは如何ともし難い。要するにトリクルダウン式利益分配が偏り過ぎないように監視し、偏り過ぎた場合は是正する自らの役割を怠ってきた。
その怠慢を隠すために「アベノミクスはトリクルダウン理論とは違う」とウソをつき、格差拡大を否定する。石破茂は地方創生相だった機会を生かして地方の活性こそが新しい国造りだと気づき、安倍政権の「経済成長の果実を都市から地方へ」のトリクルダウン式利益分配は取らずに「果実は地方で生み出すもの」と、地方の独立性――地方自身が果実を生み出す政策を打ち出すことになったということなのだろう。
但しどのような経済政策であれ、トリクルダウン式利益分配は免れることはできないが、地方の独立性を高めれば、「経済成長の果実を都市から地方へ」のトリクルダウンの流れは阻止できるはずだ。
安倍晋三自身が言うように「安倍政権で格差拡大は誤りだ」が事実なら、いわば中央と地方の経済格差をつくり出したのは安倍政権以前の政権で、その格差をアベノミクスによって是正しているなら、そのことの功績によって石破茂の地方重視はさして意味はないことになる。
だが、東京圏一極集中、地方からの人口流出が進行している状況からは中央と地方の経済格差の拡大しか見えてこない。そのような状況下で石破茂が地方重視を謳い出した。前々回の総裁選で地方議員票で安倍晋三は石破茂に大差をつけられている。その苦い経験から、地方行脚に精を出さざるを得なくなった。
と言うことは、地方回りで農林水産関係の施設をどう視察しようと、地方議員を集めてどう演説しようと、石破茂の地方重視姿勢への焦りと地方党員票起こしの地方行脚だと、目的は自ずと限られてくる。