■北大路機関読者の関心事
北朝鮮の核実験を契機として、日本核武装論に関する議論が再燃し、日本のみならず世界でも大きな注目を集めている。
このほど、北大路機関のデータ容量などの一大改定を実施し、これに伴いアクセス解析が可能となった。本日のアクセスだけで0000時から1905時までで112というアクセスがあったが、この内訳を見ると十月十二日に掲載した北朝鮮核実験へのアクセスが最も多く、この問題に関する関心が見て取れる。こうした背景から、今回はこれに関連する日本核武装論についての掲載を行いたい。なお、十月十二日の記事掲載時と比して、核実験は行われたがほぼ失敗であったというのが、小生が見る限りCNNやRTR、BBC、F2、ZDFといった各国主要報道機関の基本論調となっているようだ。
■日本核武装論の法的背景
日本核武装論再燃の震源は、10月15日の自民党中川政調会長がテレビ朝日系政治討論番組“サンデープロジェクト”において、核武装への議論の必要性(核武装の必要性ではない点は重要である)を述べたことより始まり、議論の必要性について麻生外務大臣もこれを支持する旨を発言したことで拡大している。しかし、日本核武装論議論必要論については最近でも1999年の西村防衛政務次官の発言があり、また内閣法制局も国会答弁においては核兵器の保有については可能との見解も出されている。
朝雲新聞社の“防衛ハンドブック”には、国会答弁や予算委員会などでの答弁における政府統一解釈が載せられているが、最新の平成十八年度版をみると1978年3月11日の参議院予算委員会では真田内閣法制局長官が核保有について“憲法解釈とは別問題”と発言しており、同年4月3日には“憲法上可能”と発言している。1982年4月5日の参議院予算委員会における角田内閣法制局長官答弁では“自衛の為の必要最小限度であれば核兵器は持ち得る”としている。
国際法でも、日本評論社“軍縮条約ハンドブック”(ジェフゴールドブラット著)などに詳しいが、日本が1976年に批准した核不拡散条約の第十条に“自国の至高の利益を危うくしていると認める異常な事態”という明示があるものの脱退の規定があり、制度上不可能ではない。また、核兵器についての持たず・造らず・持ち込ませず“非核三原則”も1968年に提唱され、1971年の国会決議により認められているものの、法律ではない為法的拘束力は無い。なお、この非核三原則であるが、例えば核を搭載した原潜が国際海峡である津軽海峡を航行することで“持ち込まれた”ことにならないよう、日本外務省は国連海洋法条約に際して領海十二海里は津軽海峡には適用しない、などの法的拘束力を踏まえた政策を実施している。
■核爆発装置の国産開発は充分可能
法律的に核兵器の保有は、可能と一概には言えないものの、不可能ではないという結論へ至ったのが前章である。本章では技術的に核爆発装置の保有が可能かについて議論したい。
先に述べると、日本には兵器用の高濃度プルトニウムは存在しない。発電用という需要以外に無いのだからある意味当然であるが、発電用軽水炉が52基、実験用原子炉が36基あり、ここから燃料棒を用いて兵器用プルトニウムを精製することが不可能ではない。また、高速実験炉“常陽”、若しくは現在停止中の高速増殖炉“もんじゅ”の運転再開という手段で兵器用プルトニウムの精製は容易に可能となる。日本には発電用プルトニウム燃料棒が多数備蓄されており(まあ、これを一箇所に集めるだけでも臨界は起きるが)、技術的・資材的に核爆発装置を開発することは可能である。
■運搬手段・管制手段は核爆発装置以上の課題
前章で核爆発装置と書いたのは、例えばこの爆弾であるが、例えば航空自衛隊の支援戦闘機F-2に搭載して運搬するのは可能である。しかし、これでは核兵器としての用途が不充分であるといわざるを得ない。北朝鮮の核兵器保有を目指す意図は単なる恫喝であるから、その保有により目的は達せられるが、日本が核兵器保有を目指した場合は事情が異なってくる。
東信堂の“判例国際法”によれば、1994年の核兵器使用合法性事件に対する国際司法裁判所勧告的意見においては、核兵器の使用について、究極的な自衛権行使に際しては判断できない旨を述べ、武力紛争法に際しては攻撃の軍事目標主義が伝統的に認められているため、言い換えれば日本が核兵器を保有した場合、その核兵器は核兵器国の核兵器により照準されることを意味し、相互確証破壊抑止論の観点から、日本も策源地(核兵器国の核兵器基地)への打撃能力と、核攻撃に際しての早期警戒能力を有しなくてはならないことを意味する。特に後者は重要である。核爆発が起こったが早いか「反撃だ!」と命令されても、何処から撃ち込まれたのか不明ではナンセンスである。とりあえずBS-1でCNNワールドヘッドラインニュースを見るか、国連安保理に問い合わせるか、北米防空司令部に電話してみるか、ということにもなりかねない。
■運搬手段への課題
核兵器の運搬手段は大陸間弾道弾・潜水艦発射弾道弾・戦略爆撃機が三本柱として知られているが、戦略爆撃機は第一に候補から落ちる。
戦略爆撃機は、その国産開発が可能であったとしても、冷戦時代からの脅威とされるロシアのウラル山脈周辺・サヤン山脈バイカル湖周辺のICBM基地を狙うにはインド洋ディエゴガルシアや欧州への前方配置が必要となるが、ここに航空自衛隊の基地を造るのは、無理があるように思える。
大陸間弾道弾はどうか、ロケット転用での弾道弾開発が可能であったとしても、基地が問題となる。これは例えばフランスのアルビオン高原にある中距離弾道弾サイロ(現在は廃止)のような広大な土地が必要となる。理由として、前述した軍事目標主義の観点からICBM基地は第一目標とされる為、半径10km程度の安全地帯が必要となる為で、これは北海道にある矢臼別演習場の二倍程度の用地買収により可能となる。これが現実的に可能と見るかは賛否両論あろうが、小生の私見では無理なような気がする。
残るは潜水艦発射弾道弾であるが、1985年に発表されたイギリスのトライデント潜水艦計画(潜水艦四隻とミサイルの導入、1999年までにヴァンガード級として就役、完成)に提示された予算が92億8500万ポンド(当時の邦貨で3兆600億円)という。これに護衛の攻撃型原潜と、中ロの戦略ミサイル原潜監視用の原潜が必要となる為、三年に二隻の割合での原潜建造が必要となる。先に挙げた二つの命題の障壁、基地確保という問題程ではないものの、予算は越えるには高い障壁である。
■早期警戒網構築への課題
更に難しいのが早期警戒網である。どのミサイル基地からの攻撃かを確定しなければ反撃は行えず、そうしたもとでの核兵器は単なる国際政治上の恫喝手段として以外利用価値を失う、従って核兵器の管制には、宇宙からの早期警戒網とのリンクが不可欠である。これに対してアメリカは2004年までに23の早期警戒用DSP衛星を静止軌道上に上げることで対応している。常時4~6が警戒態勢にあるというこの早期警戒衛星の寿命は最新型で5年とされている。
早期警戒衛星の役割は重大である。2006年7月5日の北朝鮮ミサイル実験においては、ロシア戦略ロケット軍の太平洋極東地域監視用の早期警戒衛星が老朽化し、ロシア政府はニュース報道により発射を感知したという問題があったが、不断の、しかも巨額な設備投資が必要となる端的な事例である。また早期警戒衛星の他に、世界の核施設を上空から査察し、早期警戒網を支援する偵察衛星(情報収集衛星)が必要であり、またこれらを管制する為に世界規模の通信システム構築が必要となる。
いうなれば早期警戒網整備には、アメリカ戦略空軍の早期警戒網への予算と同額(開発費用を含まればそれ以上)の予算投下が必要となり、アメリカが構築した施設器材に匹敵するものが必要となろう。極めて困難となる。これには現行の防衛予算からの捻出は不可能であり、増税による財源確保と予算拡張が不可避となる。当然、大規模な予算措置を必要とする計画、例えば現在進められるミサイル防衛などとの並行は予算的に不可能となる。
■結論として
核爆発装置開発は可能であるが、核兵器を兵器体系として整備するには、予算的に避け難い障壁があるという結論に辿り着いた。
地政学の観点からは地球は複数の覇権国が共存するには狭すぎるといわれており、戦術使用に主眼を置いたイスラエル・インド・パキスタンを除けば、核不拡散条約でいうところの核兵器国は、イギリス・フランスは実質的にアメリカ(若しくはNATO)の管制に依存しており、ロシアの核兵器体系は老朽化が進んでいる。中国の核兵器体系が警戒網などの未整備の問題を抱えている。いわば、実用的な核兵器体系を有したのは米ソのみであり、覇権国としての世界秩序にそのまま反映されている。これを無視して隣国が核実験を行ったという安易な事由から核保有国へ進むのは余りにも向う見ずである。また、日本が核保有を目指せば、地域的な核軍拡を誘発し、軍事バランスの均衡が崩れる恐れがある。例えば、非核三原則の法制化や弾道ミサイル防衛の並行など、日本が採るべき政策は他にあるように考えるのである。
HARUNA