■蒼海に白波と水柱の訓練展示
観閲飛行のエンジン音がこだまする中、艦隊は一斉に回頭を開始した。
訓練展示に向け、写真はすれ違う「くらま」と「ちょうかい」。イージス艦というだけで画一的なイメージを持たれる方も多いようだが、第一号の“タイコンデロガ”が就役したのが“くらま”就役とほぼ同時期、当然ながら幾たびの改修を受けている。この“ちょうかい”は、四隻ある海上自衛隊イージス艦において唯一ベースライン7のイージスシステムを搭載した護衛艦である。ミサイル護衛艦とヘリコプター護衛艦、更に就役の十一年という開き、設計思想の相違がよくわかる一枚である。
白い航跡を描きつつ回頭する“まつゆき”“さみだれ”、二隻は先行する観閲部隊付属部隊の艦艇であるが、その向こう遥か水平線上を既に反転した受閲部隊の艦艇が“たちかぜ”を先頭に確認できる限りで七隻が単縦列で進んでいる。
訓練展示では、この受閲部隊が、航空機部隊と共に展示部隊としてこれより反航しつつ様々なを開始する。
当たり前のように一斉回頭しているが、高い操艦練度を要する艦隊行動は、一定の歴史が無ければ培うことが出来ない。
こうして、訓練展示が開始される。訓練展示は空包が弾けロケットが飛び、潜水艦が神出鬼没、ヘリに哨戒機、飛行艇が飛び交い、ミサイル艇やLCACが走り回る迫力の展示で、特に実弾も用いられる、海上自衛隊最大の公開実弾射撃展示でもある。
護衛艦“しまかぜ”による5インチ砲の空包発射、この他5インチ砲を搭載するミサイル護衛艦により空包が発射されていた。54口径127㍉砲で、射程は23000㍍と、ターターミサイルよりも長く、対水上・対空目標に対して威力を発揮する。発射速度は毎分35発で、有人砲搭方式の自動砲である。イージス艦までのミサイル護衛艦はこの砲を搭載しており、また“フォレスタル”級航空母艦なども短SAM装備以前はこの砲を装備していた。しかし有人砲搭なので連続射撃後は内部が煙で大変なことになるという。
ボフォース対潜ロケットの発射。三隻の護衛艦より一斉に、ロケット点火の激しい音と焔が収まるが早いか、弾体が発射筒を飛び出す。発射速度が遅く、撮影が容易である為好まれているが、一時期は多くの護衛艦に搭載されたこの装備も退役が進み、“ゆうぐも”“いしかり”“ゆうばり”“ゆうべつ”に搭載されているのみとなっている。化学燃焼した黄色い煙は、一呼吸でも頭痛を引き起こす為、見学者は船体後部のハープーン発射筒付近に集められている。
着弾!立ち上がる水柱!、ボフォース対潜ロケットは射程2200㍍、潜望鏡深度に潜む潜水艦に対して運用される前投式対潜装備で、前身のヘッジボック対潜擲弾が射程不足となり、Mk108対潜ロケットが連射性に欠けていた事から導入された装備で、当初Mk108を搭載していた“あきづき”型などにも装備されていたが、短魚雷をロケットにて投射するアスロックの普及により姿を消し、次回観艦式では全廃となっているだろう。しかし、国籍不明潜水艦を撃沈しない程度に掃討するには、理想的な装備といえる。
3隻の護衛艦から一斉に発艦するSH-60K哨戒ヘリコプター、SH-60Jに代わる最新型の哨戒ヘリコプター。護衛艦隊に配備が開始されたばかりの最新鋭機で、対潜装備が最新のものに改められた他、最も端的なものとして、従来の武装が短魚雷二本であったのに対して、K型は加えてヘルファイア対戦車ミサイル二発の運用が可能で、護衛艦に沿岸部分から突如飛び出して襲い掛かるミサイル艇に、大きな威力を発揮する。
この他、防弾鋼板による重要部分の防御性付与、機体内部の天井高改善による居住性の向上が挙げられる。また、ローターの取り外しが容易になっており、整備性の向上が挙げられる。ただし、重量が9.8㌧から10.9㌧に増加したため、速力は149ノットから139ノットに低下している。
写真を見るとヘリ甲板の見学者はヘリが引き起こすダウンウォッシュを避ける為、右舷左舷の舷側に移されている。
ヘリ発艦後、潜水艦の急潜航・急浮上展示へと移行した。いわゆるドルフィン運動というもので、四隻のうち三隻が二回の潜行・浮上を展示する。ちなみに、「沈み始めた!」という人が“あぶくま”甲板にも何人かいたが、沈むのではなく潜るので、念のため。涙摘型の潜水艦は、水中の高速航行に適しているが、これは初代涙摘型潜水艦である“うずしお”型がアメリカ最後のディーゼルエレクトリック式潜水艦“バーベル”級を参考とした為である。
突如水中から姿を現し、浮上する“やえしお”。本艦は葉巻型の船体を採用した潜水艦で、必ずしも常に高速航行を行わないディーゼルエレクトリック方式の潜水艦では本型のような形状が理想的といわれる。また、寄港に際して、涙摘型の場合は埠頭への交通にも乾舷がない為、寄港地が非常に限定されるという問題があり、各国の潜水艦は原子力のものを除き、葉巻型潜水艦が主流となっている。無音タイルや側方ソーナーを搭載する本型は、その伏在海域に侵入する水上戦闘艦や原子力潜水艦が避けたい強敵となる。
海上自衛隊の潜水艦について、その騒音が指摘されるものがあるが、端的なものがキロ級877型のパンフレットに書かれた静粛度一覧表である。これは米海軍の潜水艦に関するパンフレットにも引用されていた。しかし、資料には“UZUSHIO”とあり、1971年に就役した潜水艦と、1982年に就役した“キロ”級を比較するのは、WindowsXPと95の性能を同列に論じるくらいにナンセンスである。しかし“うずしお”型では確かにモーター部分に独特の軋み音が生じたと関係者が誌上で述べており、これが改善された“ゆうしお”型以降の潜水艦は、ある程度高度な静粛化が為されていると考えるのが自然と考えるのだか、どうだろうか。
補給艦“ときわ”と護衛艦“はるさめ”による洋上補給の展示。1987年から1990年までに3隻就役した“とわだ”型は、護衛艦隊の外洋作戦能力担保の主柱たる地位を担っており、本艦一隻で一個護衛隊群への支援能力を有する。先代の補給艦“さがみ”を拡大改良したもので、特に蒸気タービン艦からガスタービン艦への移行期を迎えた需要を反映している。50㍍程度の間隔で並行することを求められる補給艦は、特に操艦技術に秀でた艦長に任される艦である。
艦橋の前に補給リグが林立しているが、前から一番・二番・五番・六番リグが燃料や飲料水などの液体貨物用、三番・四番リグが糧秣や弾薬などのドライカーゴ移送用で、第一にスパンワイアというものを投擲し護衛艦と補給艦を結び、フックに吊られた給油プロープをメッセンジャーロープにより護衛艦が手繰り寄せ、護衛艦のペリカンフック部分に固定、受油用のプローブレシーバーから補給を受ける。またドライカーゴはテンションドハイラインという二本のワイヤーを用いて、例えばミサイルキャニスターといった重量物も補給が可能である。
放射性降下物等から洗浄する甲板放水を行いつつ、赤外線フレアーを発射する護衛艦“やまゆき”。幻想的な光景だが、使用しているのは海水である為、使用後は念入りに真水によるモップ拭を行わなければ船体が錆で腐食してしまう。なお、この甲板放水は赤外線誘導ミサイルのシーカーを船体に散水することである程度欺瞞することが出来るだろう。この他、金属片を樹脂でコーティングしたチャフ弾も装備されているが、散布界が自衛隊法96条に基づく防衛秘密規定にあり、なにより見栄えがしないことから射撃展示は為されない。
“やまゆき”の横を疾風の如く過ぎ去ったのはミサイル艇による高速航行の展示である。ステルス性を考慮された外見が特色であるが、現在現役にある6隻は全て2002から2004年に三菱重工下関造船所にて建造されており、量産効果についても重視された、外面的・内面的に新機軸を有した艦艇であるといえる。1999年の能登半島沖不審船事案において不審船の追尾への護衛艦の速力不足が指摘され、設計に変更が加えられている。
一気に反転、全速で通過。技術研究本部において建造された実験艇“めぐろ”SES船型方式であったため、新型ミサイル艇も当初、SES船型(双胴型と表現)が検討されたが、結果的に従来型のFAC船型が採用されている。最近のミサイル艇の新動向としては、速力を犠牲としつつ広域哨戒能力の付与や、小型コルベットとしての性能付与が重視されつつあるが、海上自衛隊では前述の理由により高速性能が重視され、整備されている。
高速性能を足りない個艦防御力として任務に当たるミサイル艇は、文字通り高速航行あってこその艦艇である。大型の護衛艦を背景に、速力を活かしつつ航行するミサイル艇のポテンシャルを何よりもあらわしている。この写真からは、例えば木材などの浮遊物が与える衝撃が想像でき、もしかしたらばSES船が有する脆弱性というのはこうしたところにあるのではないか。
離発着水の展示を行うべく飛来したUS-1A救難飛行艇。オレンジが鮮やかな機体塗装が本機の任務を何よりも示している。US-1A以外にはロシアのベリエフBA-200ジェット飛行艇が存在するが、カスピ海での運用試験などでは荒海における着水離水能力はUS-1Aの半分程度であり、特に日本航空技術が世界に誇れる事例や技術の一つである。個人的には、本機にAC-130のような制圧火器、火器管制装置を搭載し、東南アジアにおいて問題化している海賊対処に用いてはどうかと考える。
ミサイル艇に引き続き、LCACも高速航行の展示を実施していたのだが、それと並行して飛行艇の展示が行われ、遠方に展示部隊の“むらさめ”の姿が見える。LCACのエンジン音とUS-1Aのエンジン音が重なって聞こえ、更に後方からP-3Cが近付く。文字通り、何を撮ろうか迷う瞬間であるが、どれも中々見ることが出来ない貴重な瞬間であり、いっそ複数のカメラを三脚に載せてCIWSのように撮影でもしようかと思うほどの光景である。
飛行艇がその巨体より水煙を巻き上げながら海上を疾駆し離水する様子は中々の迫力である。巨体の後半分が海面と水煙に隠れてしまっているが、機内について意外と動揺はないという。ちなみに、このUS-1Aは原型である対潜飛行艇PS-1では不可能だった陸上滑走路への発着能力が付与されており、救難任務でもすぐに陸上で救急車により要救助者を病院に搬送できるという利点がある。観艦式では三機のUS-1Aが同時に展示飛行を実施していた。
赤外線フレアーを放出するP-3C。基本的には航空自衛隊の輸送機に搭載されているものと同じ装備だ。対潜水艦任務に用いられるP-3Cであるが、近年では潜水艦の潜望鏡部分に装着する携帯ミサイル筒などが開発されており、また、対工作船用の用途としてもこの種の装備の必要性が高まったといえる。なお、この他チャフも装備されており、不意に敵水上戦闘艦からのミサイル攻撃を受けたとしても、回避手段を有している。熱を発する囮というだけあり、機体下部にフレアーが反射しているのが写真からも良く分かる。
高度な電子機器を搭載していることは言うまでもないが、対潜戦闘では十時間を越える場合も多く、P-3Cは、そうした長時間の任務に対応するべく調理室や食堂なども装備されており、その能力を買われ近年では南西諸島島嶼部における洋上哨戒にも用いられている。こうした場合にも、チャフ・フレアーといった機体自衛装置は必要性を増しているのだろう。こうした険しい国際情勢とは対照的に、白煙を曳くフレアーはお祭りの花火のような印象を与える。
訓練展示の最後は、P-3C哨戒機による対潜爆弾投下で締めくくられた。P-3C主翼の前よりハッチが開き投下された67式150kg対潜爆弾は米海軍のMk54対潜爆弾をもとに開発されたもので、哨戒機P-2VからP-2Jを経てP-3Cにより運用されている。対比物が無いのが恐縮だが、護衛艦のマストよりも高々と水柱が天に向かい聳え、一瞬の刻を置いて小生らが乗る護衛艦を伝い足元に爆発の衝撃が響いてきた程である。
訓練展示が終了すると、その余韻も冷め止まぬまま、各艦艇の前甲板より見学者が移動させられた。艦は突風を押し開きつつ速力を一気に23ノットに上げ、帰港するべく横須賀、横浜そして木更津へ進路を定め、白波を蹴立てつつ邁進を始めた。
HARUNA
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