◆投資自由化要求と中国企業となったエンストロム
企業とは不採算部門を維持する合理的理由が無い場合、株主や従業員への責任として切り捨てなければならないことがあります。
合理的理由には、企業の社会的責任という負担があり、特に防衛産業においては利益性が求められない場合があり、こうした不採算と紙一重の採算性に依拠した現状では、一種愛国心的な社会的責任を背景に国側がお願いするという形に近い歪な構造が出来上がっていたともいえます。そして例えば、MLRSの生産を経営再建に際し切り捨てた日産自動車のように致し方ない結果に至ることもありえるでしょう。
他方、近年では防衛産業に対し、一種の保護政策を採らなければ買収に曝される可能性や、技術流出へ繋がる可能性をいうものを認識しなければならない時代となっているように考えます。敵対的買収、この表現は場合によっては実態よりもやや過激な印象を持たれてしまうのですが、例えば買収に関して、2006年にアメリカで問題となった事例を一つ挙げます。
2006年、東芝はアメリカの老舗総合電機メーカー、ウェスティングハウスを買収しました。ウェスティングハウスは家電のほか鉄道車両に情報通信からマスコミに発電炉や防衛産業まで、かつては手がけた巨大企業でしたが、防衛産業部門は1996年の業界再編に際し、ノースロップグラマンへ売却していました。しかし、唯一同社は発電炉事業で原子炉を設計しており、これが過去に米海軍の原子力潜水艦に搭載されているものだった、ということ。
東芝は我が国では防衛省へミサイルを納入している防衛産業です。ただ、このことが大きな問題とならなかったのは、現在のアメリカ海軍が運用する原子炉はGE社製であり、東芝はウェスティングハウスを買収した際にも、同社の原子力事業は既にイギリス企業へ売却されており、加えて東芝の技術力としてはウェスティングハウスから得られる水準以上のものを有しており、問題は無い、という形で決着を見ました。杞憂だったわけですね。
ただ、我が国の防衛産業は、大手企業が本業としての重工業や自動車製造に製鉄業や造船業と電機製造の主分野とともに一分野として、誤解を恐れずに書くならば片手間に実施している分野があり、防衛需要が半分以上を占める防衛産業はどちらかと言えば中小企業くらいとなっています。
防衛需要への依存度の低さ、我が国最大の防衛産業である三菱重工を例に挙げますと、総売り上げは2兆5000億円に達しますが、防衛需要は2800億円程度で、確かに重要な分野ではありますが全体の一割強であり、他の分野の方が圧倒的に大きいことが分かります。そして逆に言うならば、集約せず分散されている防衛産業の分野があるため、我が国では所謂防衛需要に大半を依存する防衛産業は例外的であり、防衛産業も行っている企業が広く分布している、ということ。
この点、一つ象徴的な事例としてあげたいのが、陸上自衛隊へ練習ヘリコプターを納入しているエンストロム社が中国企業へ買収され、アメリカ企業から中国企業となり、今年一月から中国での生産を開始しました。今後納入される維持部品や追加機などエンストロム社から供給されるものは中国製となり、恐らく、陸上自衛隊が導入する最初の中国製航空機となるでしょう。
アメリカのヘリコプターメーカーはボーイング、シコルスキー、ベル、MDにロビンソンやカマンと多くの企業があり、この中でエンストロムは従業員数110名の小さな企業ではありますが、それでも陸上自衛隊へ練習機ではありますが約30機のヘリコプターを納入していた企業です。
もちろん、これはアメリカでも指摘されていることと重なるのですが部品単位では、中国製など我が国との安全保障上の関係に一考の余地を有する国の製品が採用されており、主契約企業は国内企業であったとしても、部品単位では異なる国の製品があることは確かです。ですので、過度に保護主義に走る方便として利用されることへの警戒も同時に必要なのですが、一方で出してはならない技術もある。
過度な保護主義を回避しつつ防衛産業の基幹部分を維持するにはどうするのか、一部識者には防衛省を中心として業界再編を図り、国主導の防衛需要に特化した防衛産業を集約し、保護するべきである、との論調も聞くことはあるのですが、防衛産業の保護に関する位置づけと、これまで特集した効率を越える過度な公正への追及や、防衛装備調達の長期計画など、現状のまま形式だけ整えるのは、逆に破たんを招いてしまいます。
しかし、自由貿易に任せ、市場原理に全てを委ねることはできません。例えば防衛装備品を開発するうえで得られた技術は、国費を投じて研究されたものが含まれていますし、これを喪失もしくは流出した際の我が国が蒙る損害というものが決して小さくは無いからです。そして従来の知的財産権の囲い込みに関する法体系では全てを防護しきれるものでも、在りません。
他方で、現状のまま推移したとしても、昨今の自由貿易への投資面での自由化を求める外圧は強まる一方であり、防衛産業の特殊性と防衛産業の我が国の分布等を踏まえ、如何に流出しないか、漏洩しないか、維持できるのか、という視点を明確に考えてゆかねばなりません。これも防衛の一形態、と考えるべきでしょう。
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