◆戦後アジアの空母先進国インドの挑戦
インド海軍は12日、初の国産空母ヴィグラントの進水式をコチ造船所において挙行し、満載排水量37500tの船体が海へと進みました。
我が国は世界初の新造空母鳳翔を91年前の1922年に就役させ、世界海軍史における空母運用の先進国として第二次大戦を戦い抜きました。しかし、一時期は世界最大の空母部隊を有した帝国海軍は第二次大戦の敗戦と共に航空母艦運用に終止符を打ち、1970年代より漸く洋上航空部隊の再構築に着手、全通飛行甲板型護衛艦という新しい運用体系確立は2010年代を待たねばなりませんでした。他方、アジアでは第二次大戦後早い時期から海軍空母戦力に着手した国があります。
インド海軍がそれにあたり、1961年にイギリス海軍より満載排水量19500tのマジェスティック級軽空母ハーキュリーズを導入、空母ヴィクラントとして運用を開始、シーホーク艦上戦闘機などを搭載し、印パ戦争における洋上航空打撃力の担いなど、実戦経験を積み重ねました。1985年にはイギリスより満載排水量28000tの空母ハーミーズを取得、ヴィラートと改名し、シーハリアー攻撃機の導入などにより空母二隻体制を確立しました。オーストラリア海軍などが中古空母を一時期運用したことはありますが、その後断絶し、こうした中でインドは戦後アジア最大の空母運用実績を有するといっても過言ではありません。
インド海軍は1989年に既存のイギリス製中古空母の代替艦建造計画を発表、1991年には予算不足からイタリア製11000t級軽空母の導入計画へ下方修正しましたが、1997年に17000t級軽空母計画を海軍が内閣へ打診、紆余曲折を経て内閣は1999年に24000t乃至32000tの空母建造を承認、2001年に一隻5億ドルの予算で新空母の建造が決定します。加えてインド海軍は良好な関係が続くロシア海軍との間で、火災事故により保管状態にあった空母アドミラルゴルシコフを正規空母へ改修し、MiG-29艦載機を運用する空母の導入契約を妥結、こちらは空母ヴィクラマディーチャとして遠からず就役します。
インド海軍の空母ヴィクラントは、先代のイギリス空母ハーキュリーズの後身から二代目となり、国産戦闘機テジャス艦載型やMiG-29艦載型などを運用する計画です。ただ、2002年に空母の概要は決定しましたが、設計などでフランスのDCNS社やイタリアのフィンカンティエーリ社からの技術支援を受けたにもかかわらず技術的困難に直面し起工式は2009年にずれ込み、建造費は22億ドルまで高騰、当初は2015年就役を見込んで建造が進められていましたが早くとも2018年頃に就役する建造度合となっているもよう。
これにより、当面はロシアから導入する空母ヴィクラマディーチャが現在のヴィラートとともに二隻体制を構築し、2019年にヴィラートの除籍が予定されていることからヴィグラントがヴィラートを置き換え、空母二隻体制を維持することになります。また、今回進水式を迎えた空母ヴィグラントは、ヴィグラント級空母の一番艦となり、二番艦と三番艦の建造が計画されており、二番艦以降は満載排水量60000t規模へ大型化が為されるとのことですから、拡大改良型となります。ヴィグラントの建造費高騰から、実現時期は未知数ながら、アジア最大規模の空母運用国としての地位を固めてゆくことでしょう。
現在、海上自衛隊ではヘリコプター搭載護衛艦いずも型が建造されていますが2012年12月のインド海軍ジョシ海軍参謀長の発言として、インド海軍は中国海軍のインド洋進出を注視しており、必要であれば艦隊を南シナ海へ派遣し、哨戒任務を行う可能性を示唆しました。インドは1950年に隣国のチベットが中国軍に武力併合されて以来警戒を強めており、この危惧は杞憂に終わらず1962年に中国軍の侵攻を受け中印国境紛争が勃発、奇襲攻撃を受けインド軍は三千以上の戦死者を出す事態となりました。
こうしてインドは中国に対し最大の警戒を払う中、インド洋沿岸に中国海軍が進出し、パキスタンやミャンマーより海軍基地や泊地の租借を実施、インド海軍はこの緊張下での海軍増強を決意した、というのが今回の空母建造の背景です。インド海軍は前述の通り、自国の技術は未だ途上の水準にあることは否めませんが、同様の中国がロシア製兵器の模倣を行い国際市場に提示したことを受けロシア側より不快感と禁輸措置を受けた事例と対照的に、インドはロシア側との協同により装備開発を進め、今に至ります。
他方、インド海軍は昨年、水上戦闘艦四隻と補給艦から成る五隻の艦隊を横須賀基地へ親善訪問させ、我が国との防衛面以外も含めた包括的な関係強化の模索を進めています。海上自衛隊は、満載排水量で4000t以上の外洋航行を想定した大型水上戦闘艦保有数で米海軍に次ぐ世界第二位の規模を維持しており、併せて中国の軍事的圧力に曝されています。防衛協力は我が国の場合憲法上の制約が大きいですが、我が国との関係強化を志向するインドが、航空母艦建造を進めていることは、一つ知識として思考の片隅においても良いかもしれません。
(本ブログに掲載された本文及び写真は北大路機関の著作物であり、無断転載は厳に禁じる)