◆日台断交後初の閣僚面会、北京は静観
我が国領域である尖閣諸島の割譲を求める中国との間で昨年より摩擦が激化していますが、一方で台湾との間で漁業交渉が妥結しました。
8月8日、台湾の対日外交代表に当たる亜東関係協会より、事実上の全権委任大使に当たる李嘉進会長が、首相官邸を訪れ、菅官房長官と面会、尖閣諸島周辺における漁業交渉における妥結へ謝意を示しました。なお、我が国は中華民国台湾政府との国交を1972年の日中国交正常化とともに断交しており、台湾高官と主要閣僚との面会は日台断交後初となります。この面会は数分間ではありましたが、政治的に日台関係が実際に見た場合で微動ではありますが再開されたことであり、この意味は計り知れません。
台湾は李登輝政権下で大陸反攻政策の断念を発表、これを元に従来は台北臨時政府が民国軍を再建し、再度中国大陸を奪還し、反乱軍である中華人民共和国北京政府を打倒し、南京に再度民国政府を遷都し、再度中国全域を中華民国として再統一する指針を蒋経国政権下まで維持していましたが、民主選挙で選ばれた李登輝総統時代に放棄、独立路線の模索を開始したため、中国との関係は極度に緊張しました。これをもとに、我が国が周辺事態法を制定し、我が国への飛び火を警戒したのは御承知の通り。
尖閣諸島は沖縄本島、特に在沖米軍基地と台湾本島を結ぶ直線状の中間線にあるため、台湾はその本土防衛を考える限り、尖閣諸島は絶対に中国側に奪取されるわけにはいかず、仮に奪取された場合、この海域に艦隊や防空部隊を配置されることで在沖米軍部隊の支援が疎外され、在留米人保護などの名目での米軍介入という支援が得られなくなることから、1970年代に北京が尖閣諸島を日本側から割譲を要求した際、同様に日本に対し北京側のものではない、との要求を行っています。
こうして、当然この要求に日本政府は応じることが無く、この分野での意見交換などは全く行われていませんでしたが、台湾本島と我が国尖閣諸島の間には国連海洋法条約に基づく排他的経済水域の等距離中間線があり、台湾側が漁業を行う際には日本側との漁業交渉を行う必要がありました。今回、台湾は尖閣諸島の領有権主張を行わない形で漁業交渉を行う方向で調整、これにより日台間の交渉がもたれ、その結果妥結した、という構図がありました。
日台間の交渉はこのほか、例えば台湾に近い我が国与那国島の防空識別圏の交渉、元々防空識別圏は第二次大戦後に在沖米軍が中華民国との間で妥結したもので、この防空識別圏境界が与那国島陸上部分に通っていたことが無視され画定されたものを、我が国が主張する新線へ切り替えられる際に、一応の交渉は行われていました。しかし、交渉というよりは調整と日本側の通知に近い取り決めとなっており、台湾側からはもう少し話し合いを持つべきではないかと呈されるほど、交渉とは言いにくいものでしたが、接触は行われていたわけです。
しかし、日台漁業交渉では一応の外交交渉が行われており、これによる妥結へ台湾側が謝意を示した、という事です。それではここまで日本側が慎重に台湾との接し方を進める背景はどういうところにあるのでしょうか、それは中国側が台湾との交渉を望まないためです。北京政府は交戦団体として反乱軍から始まり正統政府となった半面、中華民国は正統政府から交戦団体となった稀有な事例ではありますが、結果日本は台湾との断交を決断し、日中国交を正常化しました。
今回の面会に対し、北京は静観の姿勢を採っています。ただ、台湾としては台湾海峡有事に際し、日本側が予防外交として中立の姿勢であっても武力紛争抑止へ関与する方向が望ましく、日本としても我が国南方海域での大規模戦闘が発生した場合は邦人救出とシーレーン防衛を行う必要が生じます。このためある程度の関係性を持つ必要はあると共に、尖閣諸島に際しても中国からの一方的な対応は望ましくないことも確かでしょう。こうした多国間の連関性のなかで、今回の日台面会と中国の静観は、大きな意味があるといえるかもしれません。
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