昨日の勉強会では梅雨の解釈をいろいろ思索させていただいたが、梅雨も例えば花という観点からすると、紫陽花やアヤメなど充実してなかなか素晴らしい。写真のアヤメなど笑っているようで楽しくなる。
さて、昨日は今ブログに掲載させていただいている縄文人の真善美の真について発言させていただく機会があった。そのため、この数日縄文関係の本を読み続けていたが、昨日電車の中で別冊太陽の「縄文の力」(小林達雄監修)の表紙の土版についていろいろ楽しく妄想させていただいた。
写真のアヤメのように、とてもかわいい土版で子供用のJOMONぐるぐるというサイトには詳しく説明も載っている。今から3000~4000年前の縄文人の不思議な道具なのであるが、これは何なのか?いろいろ考えてしまった。人間には指があるので、6までの数をわざわざ土版まで作って表示してみてもさほど意味があるとは思えない。
子供への教育的な道具。それも可能性あるが、数を表す凹凸でくらやみの中でも使える(つまりいつでもどこでも)ことを考えると、今の数珠やロザリオのような祈りの道具ではないかと思った。
しかし、縄文人の数の概念非常に興味がある。7,5、3などを大事にしたそうだが、それは何故か。それはそうと、こうした身近にまさぐれる道具をつかって、土版の触覚から縄文人はどのようなことを感じたのだろうか。その情緒を想うほうが楽しい。祈りとしたらとても深い。
古代人は真実を大切にした 8/10