3年前会社を辞めるときに、「How」ばかりの人生を卒業しよう、「What」を大切にしようと思った。
思い出せば、学生時代は良い学校良い就職先を探していた。そんな自分が嫌になったが、道を外れることは出来なかった。当時虚無的になって読んだ「僕って何?」という小説の題名が心に残った。
疑問を心に秘めて就職したが、忙しい会社勤めの時代は与えられた目標を必死に達成することばかりであった。
そんな自分を少し変だと気がついたのは、40代から参加したある異業種交流会であった。そこで感じたのは経営者と会社員の発言の差である。同じようなことを語っても、経営者の道具としてHowばかりの人生を送る私の発言は、空しいと感じた。
「What」を探すことは、信仰だけではできない。他人も、替わりにやってもくれない。自分の人生航路を決める自分しかいない。
思い出せば、学生時代は良い学校良い就職先を探していた。そんな自分が嫌になったが、道を外れることは出来なかった。当時虚無的になって読んだ「僕って何?」という小説の題名が心に残った。
疑問を心に秘めて就職したが、忙しい会社勤めの時代は与えられた目標を必死に達成することばかりであった。
そんな自分を少し変だと気がついたのは、40代から参加したある異業種交流会であった。そこで感じたのは経営者と会社員の発言の差である。同じようなことを語っても、経営者の道具としてHowばかりの人生を送る私の発言は、空しいと感じた。
「What」を探すことは、信仰だけではできない。他人も、替わりにやってもくれない。自分の人生航路を決める自分しかいない。