コールレリーフ(石炭画)なるものを初めて知った。そらちフットパスウォーク上砂川町編は最後の最後に思わぬ出会いを用意していてくれた。画に関してはとんと疎い私だが早川氏の画には観る者に迫ってくるような迫力を感じた。
※ 炭鉱館の前で写真に収まった早川季良氏(右側)、左側は私に説明してくれた方(氏名不明)
早川季良(はやかわ きよし)氏は饒舌だった。
画に関しては全く無知の私に、コールレリーフとはどのような画なのかを懇々と語ってくれた。
それによると、石炭(塊炭や粉炭)、石灰の灰(フライアッシュ)、焼ズリを粉にし、これらを素材にして画を描く作品のことだという。
石炭や石灰の灰は分かる。
焼ズリとは、石炭を産出したとき使い物にならない石を捨てるが、このことは北海道では「ズリ」といって、そのズリを捨てていたところを「ズリ山」と呼んでいた。そのズリ山には品質が低いとはいえ石灰分が含まれた石があり、それが自然発火することがあるそうだ。すると、熱によってズリが化学変化を起こして微妙な色を呈することがあり、それが画材として有効だということだ。
早川氏は道内の炭鉱をいくつも渡り歩いて従事したが、不幸にも43歳の時に塵肺(労災病)に罹ってしまう。生きる目標を失いかけた早川氏は子どもの頃から好きだった画にかけてみようと、石炭を画材とする研究に没頭し、4年後にその方法を開発したということだった。
実はこの日、私はフットバスの往路で次のような看板を路上で目にしていた。
※ フットパスの途上で見かけた野外芸術祭の告知看板です。
そこには「炭鉱の記憶 野外芸術祭」と記されていて、興味を抱いた私はその野外芸術祭に展示されているいくつかの作品を見て、美術館などで見る作品とは一味もふた味も違う迫力ある画に圧倒されたのだった。
私はその時に素朴な疑問を抱いた。というのは展示期間が6/29~9/14までとなっている。こんなに長い期間作品を野外に晒していて大丈夫なのだろうか?と…。
早川氏のプロフィールを拝見して驚いた。
「日輝展」の金賞をはじめとして数々の受賞歴、数多くの個展歴、そしてメディアへの登場である。私が寡聞にして知らなかったのは、偏に美術音痴のせいである。
前置きはこれくらいにして、ともかく早川氏の作品のいくつかを紹介することにする。
題名「黒い紋章」
※ 題名「発破」
以上は炭鉱館内に展示されていた作品です。以下は野外に展示されていた作品です。
※ 題名「立坑と炭鉱」
※ 題名「黒い残骸」
※ 題名「黒い残像」
※ 題名「立坑と選炭機」
※ 題名「ポッパと?」
※ 早川氏が最も力を込めて説明してくれた「鎮魂」の画です。向こうにズリ山が見えます。
※ その「鎮魂」の画を取り囲むようにそのほかの作品が展示されていました。
どうでしょうか? 写真からその迫力は伝わってきたでしょうか?
お気付きかと思うが、画題に「黒い~」という文字が目立つ。ここに炭鉱の労働がいかに過酷だったかという思いが滲んでいるのではと想像される。
作品は全て100号Sという162cm × 162cmという大きな作品である。
氏は「かみすながわ炭鉱館」が再開する際、手持ちの作品55点全てを炭鉱館に寄贈されたということだった。
というような原稿を作成していたところ、またまた思わぬ形で早川氏からお手紙が舞い込んだ。骨太の達筆で書かれた手紙は味わい深い内容なので紹介することにします。
過日は炭鉱館に来て頂き、うれしく思います。(中略)
私は現代生活の機器とは無縁の生活で、ブログなど見たこともありません。FAXも無く、電話はダイヤル式です。
現代社会では原始的生活かもしれませんね。作品づくりも原始的です。生来不器用な性格で、絵画においても表現は原始的です。
炭鉱マンとして、地底の労働現場で生きて来たせいかもしれません。自然相手の仕事は五感をとぎすまさないと、事故の前兆を捉えることが出来ないのです。
炭鉱の遺産は、立坑のヤグラ等では無く、地底の労働現場で生きた人々の精神こそが、炭鉱の遺産なのかもしれません。
ズリ山は、地と汗と涙のモニュメントかもしれません。
2014.8.吉日 早川 季良
※ 熱心に私に語りかけてくれた早川季良氏です。
早川氏の画やお話に感動した私は「このことを私のブログで紹介したいが了承していただけますか?」と問うたところ、快く承諾していただいた。
そらちフットパウォークを通して、意外に人との出会いが少ないなぁと感じていた私だったが、今回思わぬ形で素晴らしい人に出会うことができた。
そらちフットパスウォークも残り芦別市と赤平市の二つの市だけとなった。
私は早川氏にお手紙のお礼の電話をしながら、9月中に行いたいと思っている二つの市のフットパスウォークの帰路、早川氏との再会を約したのだった。
※ 投稿を終えてから、文中の自分の問いに答えていないことに気付いた。
それは、長い期間作品を野外に晒していて大丈夫なのか?という疑問についてである。
そのことについて早川氏に質したところ、「石炭画の場合は、野外に置いておいても劣化することない」ということであった。画材のせいだろうか?
※ 炭鉱館の前で写真に収まった早川季良氏(右側)、左側は私に説明してくれた方(氏名不明)
早川季良(はやかわ きよし)氏は饒舌だった。
画に関しては全く無知の私に、コールレリーフとはどのような画なのかを懇々と語ってくれた。
それによると、石炭(塊炭や粉炭)、石灰の灰(フライアッシュ)、焼ズリを粉にし、これらを素材にして画を描く作品のことだという。
石炭や石灰の灰は分かる。
焼ズリとは、石炭を産出したとき使い物にならない石を捨てるが、このことは北海道では「ズリ」といって、そのズリを捨てていたところを「ズリ山」と呼んでいた。そのズリ山には品質が低いとはいえ石灰分が含まれた石があり、それが自然発火することがあるそうだ。すると、熱によってズリが化学変化を起こして微妙な色を呈することがあり、それが画材として有効だということだ。
早川氏は道内の炭鉱をいくつも渡り歩いて従事したが、不幸にも43歳の時に塵肺(労災病)に罹ってしまう。生きる目標を失いかけた早川氏は子どもの頃から好きだった画にかけてみようと、石炭を画材とする研究に没頭し、4年後にその方法を開発したということだった。
実はこの日、私はフットバスの往路で次のような看板を路上で目にしていた。
※ フットパスの途上で見かけた野外芸術祭の告知看板です。
そこには「炭鉱の記憶 野外芸術祭」と記されていて、興味を抱いた私はその野外芸術祭に展示されているいくつかの作品を見て、美術館などで見る作品とは一味もふた味も違う迫力ある画に圧倒されたのだった。
私はその時に素朴な疑問を抱いた。というのは展示期間が6/29~9/14までとなっている。こんなに長い期間作品を野外に晒していて大丈夫なのだろうか?と…。
早川氏のプロフィールを拝見して驚いた。
「日輝展」の金賞をはじめとして数々の受賞歴、数多くの個展歴、そしてメディアへの登場である。私が寡聞にして知らなかったのは、偏に美術音痴のせいである。
前置きはこれくらいにして、ともかく早川氏の作品のいくつかを紹介することにする。
題名「黒い紋章」
※ 題名「発破」
以上は炭鉱館内に展示されていた作品です。以下は野外に展示されていた作品です。
※ 題名「立坑と炭鉱」
※ 題名「黒い残骸」
※ 題名「黒い残像」
※ 題名「立坑と選炭機」
※ 題名「ポッパと?」
※ 早川氏が最も力を込めて説明してくれた「鎮魂」の画です。向こうにズリ山が見えます。
※ その「鎮魂」の画を取り囲むようにそのほかの作品が展示されていました。
どうでしょうか? 写真からその迫力は伝わってきたでしょうか?
お気付きかと思うが、画題に「黒い~」という文字が目立つ。ここに炭鉱の労働がいかに過酷だったかという思いが滲んでいるのではと想像される。
作品は全て100号Sという162cm × 162cmという大きな作品である。
氏は「かみすながわ炭鉱館」が再開する際、手持ちの作品55点全てを炭鉱館に寄贈されたということだった。
というような原稿を作成していたところ、またまた思わぬ形で早川氏からお手紙が舞い込んだ。骨太の達筆で書かれた手紙は味わい深い内容なので紹介することにします。
過日は炭鉱館に来て頂き、うれしく思います。(中略)
私は現代生活の機器とは無縁の生活で、ブログなど見たこともありません。FAXも無く、電話はダイヤル式です。
現代社会では原始的生活かもしれませんね。作品づくりも原始的です。生来不器用な性格で、絵画においても表現は原始的です。
炭鉱マンとして、地底の労働現場で生きて来たせいかもしれません。自然相手の仕事は五感をとぎすまさないと、事故の前兆を捉えることが出来ないのです。
炭鉱の遺産は、立坑のヤグラ等では無く、地底の労働現場で生きた人々の精神こそが、炭鉱の遺産なのかもしれません。
ズリ山は、地と汗と涙のモニュメントかもしれません。
2014.8.吉日 早川 季良
※ 熱心に私に語りかけてくれた早川季良氏です。
早川氏の画やお話に感動した私は「このことを私のブログで紹介したいが了承していただけますか?」と問うたところ、快く承諾していただいた。
そらちフットパウォークを通して、意外に人との出会いが少ないなぁと感じていた私だったが、今回思わぬ形で素晴らしい人に出会うことができた。
そらちフットパスウォークも残り芦別市と赤平市の二つの市だけとなった。
私は早川氏にお手紙のお礼の電話をしながら、9月中に行いたいと思っている二つの市のフットパスウォークの帰路、早川氏との再会を約したのだった。
※ 投稿を終えてから、文中の自分の問いに答えていないことに気付いた。
それは、長い期間作品を野外に晒していて大丈夫なのか?という疑問についてである。
そのことについて早川氏に質したところ、「石炭画の場合は、野外に置いておいても劣化することない」ということであった。画材のせいだろうか?