田舎おじさん 札幌を見る!観る!視る!

私の札幌生活も17年目を迎えました。これまでのスタイルを維持しつつ原点回帰も試み、さらなるバージョンアップを目ざします。

AMOEBA 2024

2024-11-16 19:00:12 | その他
 一年ぶりの再会である。今回はメンバーが都合で減ってしまったが、集まった面々は元気にそれぞれの地で活躍していることを確認でき嬉しかった。まさにAMOEBA魂は健在である!

     
  ※ 幹事役のS氏が作成した案内・日程表です。今どきは手書きの方が味があります。

 AMOEBA…、まさにあの微生物のアメーバである。私が尊敬する故小田実氏がアメリカ留学の帰途、ヨーロッパ、アジアを巡り著した著書「何でも見てやろう」の中で、故国日本のことを「日本列島の運動は、アミーバ運動のごときものであろう(小田氏はアミーバと表記している)」と喝破した。そしてこう表現した。「アミーバはてんでばらばらにあちこちに偽足を出して動きながら、それでいて、ある一定の方向を指して動いて行く。日本の場合もまさにそれではないか」、「(日本)列島のなかにはいろんな動きが無数にあり、そいつがてんでんばらばらに列島を動かそうとしながら、全体として見ると、列島はやはり一つの方向をさして動いている。その方向とは『よい方向』であった」と…。刊行された時は1962(昭和37)年、実に62年前の小田実氏はこのように日本列島を見ていたのである。現在の日本は彼が喝破したような現実かどうかの判断は貴兄にお任せする。

      
      ※ 小田実著「何でも見てやろう」の表紙です。

 そのことは別として、1988(平成10)年に私は仲間と共に、教師としての資質向上を目指す自主サークルを結成した。その際に「サークル名をどうしよう?」ということになり、私は前述した小田氏の日本列島アミーバ論のことが頭の片隅にあり、仲間と切磋琢磨していく自主的な活動は、てんでばらばらな動きをするであろうが、総体としてはきっと教師として成長していく源になるはずである、との思いから「サークルAMOEBA」と命名することを提案し、仲間から賛同を得て付けたサークル名である。
 サークルは私の所属校の教師だけではなく、近隣の学校の教師も加え10数名の仲間で月に2回の会合を持ちながら続けた自主サークルだった。
 それから数年後、サークルに集った教師たちは、教師の宿命でもある転勤などによってバラバラとなってしまったのだが、同じ勤務校にいた気の合った5人が「また、あの日に還りたいね!」と話し合い、年に一度再会の機会を作ってきた。その始まりが2000(平成14)年だった。以来、コロナ禍のために3年間の休止を挟んで、その集まりは営々と続いているのだ。
 そして今年の会が昨日と今日の2日間にわたって札幌を会場として実施したのだが、 今回は残念ながら体調不良の者が2人も出てしまい欠席となり、3人でのちょっと寂しい開催となった。
 開催内容は仲間の中で最年少(といっても65歳)のS氏が幹事役となって、次のような日程で行われた。
〈一日目 11/15〉
 ◇13:00~15:00くらい  裁判傍聴(札幌地方裁判所)
 ◇15:00~16:30     ミーティング(レポート検討) 市内喫茶店
 ◇17:00~19:00     ブレーンストーミング市内居酒屋
 ◇19:30~        都市型水族館AOAO見学(見学後解散)
〈二日目 11/16〉
 ◇ 7:00~7:30      北海道神宮参拝
 ◇ 7:30~8:30      モーニングサービスのある市内喫茶店で朝食(食事後解散)
という日程だった。
 最初の「裁判傍聴」は、参加する他の2人が道東地方在住ということもあり、実際の裁判を傍聴することを提案したのだが、実際の刑事裁判を傍聴し、私も含めてだが非常な緊張感の中での傍聴は非常に刺激になったようだった。目の前に手錠をされ、腰縄で繋がれた被告が登場し、某氏は「TVドラマなどとは全く違った緊張感を覚えた」と語っていたが、得難い体験をすることができた。
 続いての「ミーティング」はAMOEBA会の最大の特徴なのだが、それは各人がこの一年間の様子をレポート用紙にまとめて発表する形式を取っている。
 退職後に5人の中で最も恵まれた境遇にあるのは68歳になったN氏ではないだろうか?
 N氏は現在、道東の某私立大学の嘱託教授という肩書でフルタイムで勤務している。経験を活かし、学生に教職免許取得の指導をしているという。タイミングにも恵まれたようだが、小学校教諭だったものが嘱託とはいえ大学の教授職に就いているのは素晴らしい。日々、学生への指導方法の改善に励む日々だという。N氏の生き生きとした表情が印象的だった。
 一方、今回の幹事役を務めたS氏は校長経験者としては極めて異例なスーパーマーケットの夜間店舗管理という任務に就き、週4日、一日6時間勤務の生活を送っているとのことだ。この全く畑違いの仕事がS氏は「楽しい!」という。夜間勤務ということでスーパーの生鮮野菜をできるだけ残さないように時刻や売り上げ状況を見ながら、商品の値引きする権限が与えられているそうだ。そのタイミングを見計らう緊張感がたまらないという。また、消費者との何気ない会話からさまざまな情報を得ることも楽しいと話していた。
 また、勤務以外では現役時代には聞かなかった写真撮影を最上の趣味としているという。目標は「都市景観フォトコンテスト」に入賞することだと話され、氏の写した写真を数枚見せていただいた。専門的なことは分からないが、かなり良い線をいっているように思えた。

    
    ※ 市内某喫茶店でミーティングを終えた三人で記念の一枚をパチリと…。

 そして私である。私は「変わらぬ私…、変わっていく私…」と題して、今年の一年の動きを報告した。「変わらぬ私…」の部分は、日々拙ブログで投稿している通りである。
 「変わっていく私…」の方は、50年以上にわたって慣れ親しんできた自家用車を手放してしまったこと。15年にわたって続けてきた清掃ボランティアに終止符を打ったこと。そして、 今年の後半になると「さっぽろラウンドウォーク」や「JRウォーキング」に参加した後、なかなか疲労が抜けなくなったことだ。身体の老化を否応なく感じるようになってきた。こうした状況の中でこれからは今までの生き方に多少の改変が必要になってくるのではと予感しているのだが…。
 リード文に「AMOEBA魂は健在である!」と表現したが、それぞれが与えられた環境の中で、現職時代同様に精一杯生きていることをお互い確認できたミーティングだった。
 その後の「ブレーンストーミング」は、お酒を介しての遠慮のない楽しい会話に終始した。気のおけない旧友たちとのブレストは何にもまして楽しいひと時だった。
 そして一日目の最後は、幹事役のS氏の希望で「都市型水族館AOAO」を訪れた。既存の水族館との違い・魅力を初めて訪れた二人はどう感じたろうか?
二日目はN氏の希望で早朝7時に「北海道神宮」を訪れた。朝早いにもかかわらず多くの市民が訪れていたのには正直驚いた。冷気に包まれた早朝の参拝は心を洗われた思いだった。

    
    ※ 早朝の冷気の中、気持ちがピリッと引き締まりました。

 そして最後はモーニングサービスを実施している喫茶店で朝食を三人で摂った。
 以上がAMOEBA2024の全てである。
 最高齢の私としては、日々健康に留意して過ごし、来年もまたぜひとも再会できるようにしたいと誓い散会した。


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