平安時代後期から鎌倉時代の磨崖仏である。国の史跡に指定されている。 高さ約3.8メートルの不動明王像を中尊とし、
左右に矜羯羅童子、制吒迦童子を従えた不動三尊が、凝灰岩の岩壁に抉られた龕の中に丸彫りに近い半肉彫りで彫り出されている。(ウイキペディア)
この犬飼の石仏に会うためには・・・・この石段を上りました。 お天気ですが 杖の代わりに傘を持っています。
同級生と その姪っ子ちゃん・・・7月8日 朝6時から3時間以上 運転した裕子ちゃんです。
あともう少し・・ 山側の 五輪塔が 頑張れ と励ましているようです。茶色の手すりの階段を上っています。
着いた~ 友人は同じ3月生まれで77歳 でも この数日前に〇〇トレイル?とかいうのにも参加している山ガールです。
さて、磨崖仏ですからね。 どうなっているかと言えば 後ろの岩を刳り貫きながら不動明王像を彫っているのです。
そう思って もう一度 ゆっくり見たら 最初の説明がわかりますね~ 矜羯羅童子、制吒迦童子は こんがらどうじ せいたかどうじと読みます。
それから「龕の中に丸彫りに」の龕は読めなくて IMEツールバーで手書き検索しました。カン 厨子(ずし)のことでした。
一番下の金剛 の文字が なんとか見えますので 調べたら 南無大師遍照金剛 でした。
奥の五輪塔は 厨子いや 龕の中に入ってますね。 右、小さいのは新しい。赤ん坊がすがっているから水子地蔵ですね。
与謝野晶子の 歌碑がありました。龕の字が分かったから 読めました。 少し朱色が残っています。
犬飼の山の石仏 龕さえも、共に染めたり淡き朱の色
犬飼の石仏案内板です。
右の部分のほうが 気になるから拡大します。 阿蘇の噴火の石で 石橋もありますが 【大昔】が 9万年前なのです。
犬飼の石仏をご紹介しました。
いらっしゃいませ 今日はコメント欄を開けています。