三大妖怪の内 鬼と天狗は ご紹介したので、今日は河童です。わが芦屋町の河童の伝説は色々ありますが『河童の誓文』です。
町内の善福寺には今でも その縁起書があります。。
分かりやすく言うと、悪さばかりする河童が捕らわれて、もう悪さはしないと命乞いをしてわび状を書き、放して貰った という説明です。
なぜ百恵ちゃんが? 実はこの河童の誓文のことが 少年マガジンに載っているのです。
インテリ河童が残した詫び証文
寛永17年(1640年)、 筑紫の国(今の福岡県)伊右衛門という百姓の家で、牛を盗もうとしたカッパが捕まったが、あまり命乞いをするので、詫び証文を書かせて海岸へ放してやったという。その証文は今も 福岡県遠賀郡芦屋町の善福寺という寺にあるが、見ると両眼が失明すると言われ、誰も見た人はいない。
善福寺は 歴史資料館の近くなので後日行ってみました。 庫裏の方だったのかな? 百度石があったので この細い道から 本堂に入れたのかもしれません。 失明したら困るので 参らずに 帰りました。
壇ノ浦の合戦 学芸員の山田さんの説明でいちばん興味深かったです。 でも何から説明したらいいか分からないから お近くの方ぜひお越しください。
平家の公達や山鹿水軍を供養するため 堂山には石塔群があります。平家公達200騎 山鹿水軍は500騎 の犠牲が出たそうです。
上の案内板の画像にある石塔群です。なぜ・・・急に壇ノ浦の話になったかといえば その敗れた兵士(男)は河童になった・・・というのです。
一帯に、若松区高塔山をはじめ河童の伝説はたくさんありますが 田川添田といえば 英彦山のある所
一回目はこの写真でしたが 2度目に行った時 写真が入れ替わり 学芸員さんが 製造元を訪ねられ、もうお薬は作ってないけど 建物があったそうです。
最後に このイベントのポスターです。 海女(うみおんな)が 海を歩いています。9月16日までです。
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