津々堂のたわごと日録

爺様のたわごとは果たして世の中で通用するのか?

むごう暑かですなー 続編

2007-08-10 18:22:01 | 熊本
 「むごう」とは「無期う」である。古語辞典には登場する言葉で、際限の無い事の意である。「際限なく暑い=ものすごく暑い」という事になる。熊本のお年寄りが良く使う「わあ・いさぎ」とか「わ・いさーぎ」とか言う言葉は、「潔し」から来ている。頭に「わあ」がついた。古語辞典によると「 1、清浄である 2、心がきれいである 3、勇ましい、小気味いい 4、悪びれない」 等とあるが、ニュアンスはお分かりいただけるであろう。熊本に係わらず、言葉の発信地・京を中心とする遠隔地には、このような古い言葉が沢山見受けられる。京に近いところは、言葉も新陳代謝するが、遠隔地では古い言葉が留まって定着した。発音に於いても、「学校」を「ぐぁっこう」と発音したり、「先生」を「せんしぇい」と発音するお年寄りを結構見かける。「とんでもない事」を「とつけみにゃーこつ」と言ったりするが、これはわりと近世の言葉で「とっけもない=取っ付けもない」が変化して定着した。古語辞典は「途方も無い」意だと説明する。なんとも不思議な熊本弁も、古語辞典をひも解くと、その出所は由緒正しい古の言葉につながっている。

 熊本藩士の出自をたどると、実に様々なところの人が熊本に集まっている。藩の草創期は「言葉のるつぼ」であったことだろう。熊本の言葉が、どのように交じり合って醸成されて今日のような言葉になったのか、大変興味を持っているのだが、口語で記された文書が無いため一向に分からない。研究者が現れないかと願っているのだが・・・・
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姉妹都市福井

2007-08-10 11:41:01 | 徒然
 熊本市と福井市との姉妹都市の締結は、平成6年11月の事である。その経緯は、肥後藩主細川斉護女勇姫が、越前福井藩主・松平春嶽に嫁いでいる事や、熊本藩士横井小楠が春嶽に重用されたという歴史的縁によるものだと言われる。この姉妹都市福井とのお付き合いを通じて熊本市(或いは県)に学習してもらいたいのは、福井県立文書館とその素晴らしい活動振りである。肥後熊本藩の歴史を考える時、福井との関りが、高々勇姫や小楠の時代に留まるものではない事を知らねばならない。福井県文書館のデジタル歴史情報は「福井県史・通史編」や「図説福井県史」など素晴らしい情報を発信している。熊本には「文書館」なるものが無い。日本に冠たる膨大な細川家の史料の研究は、遅々として前進しない。文化後進県(市)と言わざるを得ない。

(付け足し)
 1978年靖国神社新任宮司の松平永芳なる人は、わずか数ヶ月でA級戦犯合祀という暴挙をやってのけた。春嶽公の孫に当たる人だが、春嶽公の思いや如何に・・・。勇姫様の血が流れているのかしら(別に確認しようとも思わないが)
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