津々堂のたわごと日録

爺様のたわごとは果たして世の中で通用するのか?

津川近元のこと

2008-08-17 15:23:25 | 歴史
 津川近利について、8/13のブログで書いた。その時期(寛永七年)すでに弟・辰珍が細川家に召し出されており、久しぶりの兄弟の交流があったことだろう。次の一文は、辰珍のみならず、近利の息・近元が細川家にいた事が分かる。

 寛永六年五月廿日「日帳」抜粋
「津川数馬殿御座候前之へいころき候間、作事申付候様ニとの御使候(以下略)」

「津川近元邸前ノ転倒ノ塀ノ作事ヲ命ズ」との脚注がある。(福岡県史・近世編--細川小倉藩二p259)
                  数馬
斯波義近---+---近利----近元----辰房
        |               |
        |               ↓                      平左衛門
        +---辰珍======辰房---+--辰之---辰貞==辰氏---辰陳---→(津川家)
        |                   |             ↑
        |                   +---辰則(辰氏)・・・・・・
        |
        +---親行(室・織田有楽女)
        |
        +---女
            |----津田三十郎---→ (津田家)
         織田信重

 近元が細川家に召し出されていたのかどうかは、史料が乏しく現況では判然としない。細川家家臣・津川家祖辰珍は近元の息・辰房を養嗣子としている。当時辰珍は1,250石、寛永十九年250石を甥・津川三十郎に分知し、養嗣子・辰房は1,000石を家督している。いろいろ面白いお家の事情がある。


 
コメント
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