ついさっきオークションで落札しました。実は一冊持っているのですが、二冊在ってもいいかな~と思いましたし、そう度々出てくるものでも有りませんし・・・
[BOOKデータベースより]
旧熊本藩主細川家第17代細川護貞が描く、信長、秀吉、家康、沢庵、千宗旦、春日局、細川幽斎、細川三斎、高山右近ら戦国・近世人の素顔。
魚雁集(信長の書状;光秀の書状;羽柴秀吉の起請文;細川幽斎・千宗易連名の書状;霜女覚え書―秀林院様御果てなされし次第の事;細川幽斎夫人のふみ;春日局のふみ;高山右近訣別の書状 ほか);
懐徳録(アンコールワットの肥後人;肥後の銘花;殿様の日常;肥後の鳳凰;南禅寺の塔頭天授庵;先祖の画像;歴代詩文歌集;細川幽斎の処世の和歌;ぬかみそと細川三斎;ガラシャ夫人の最後;細川三斎の医者と薬 ほか)
[BOOKデータベースより]
旧熊本藩主細川家第17代細川護貞が描く、信長、秀吉、家康、沢庵、千宗旦、春日局、細川幽斎、細川三斎、高山右近ら戦国・近世人の素顔。
魚雁集(信長の書状;光秀の書状;羽柴秀吉の起請文;細川幽斎・千宗易連名の書状;霜女覚え書―秀林院様御果てなされし次第の事;細川幽斎夫人のふみ;春日局のふみ;高山右近訣別の書状 ほか);
懐徳録(アンコールワットの肥後人;肥後の銘花;殿様の日常;肥後の鳳凰;南禅寺の塔頭天授庵;先祖の画像;歴代詩文歌集;細川幽斎の処世の和歌;ぬかみそと細川三斎;ガラシャ夫人の最後;細川三斎の医者と薬 ほか)
■同(六月)廿二日 晴天酉ノ刻ヨリ雨フル 刁(ママ)ノ刻ニ晴ル
六組頭衆へ申触候
一、御鷹被尋候へと、侍衆へふれ伏事
則、申渡ス也
一、相良太右衛門を、大手之御門番野村弥右衛門かわりニ申付候事
さしかミ、直ニ渡ス也
一、御馬ノかい料ノ人足、弐人ニて不相成由候間、今日より壱人相加候事
一、御下台所ノ人かまぬり(窯塗り)申候事
(不破)平太夫・(中山)左二右衛門・(林)弥五右衛門ニ、談合申渡ス也
一、御国ニて、役儀披仕候衆、役当りノ事
則、申渡ス也
一、野瀬少左衛門、高月ノ人留御番ニ申付候事
北村(平右衛門)所へのさしかミ、(吉田)少右衛門尉へ相渡也
一、当町ニ御闕所物在之由候、請取らせ可申事
一、(井上)宗加登城候て、金山之諸奉行談合候也
■六月廿三日 晴天 酉ノ刻ヨリ雨ル
廿九日二、有(田)吉兵衛へ申上せ候也
一、大坂へ、帆莚ノ事申遣へきなり
一、何も御番所たゝ居候ものニ、竹釘一日二、壱人ニ付壱升宛と申付候、其壱升ハ、毎日之儀仕
共不罷成由、弥五右衛門・(河田)八右衛門被申候由、七月三日より、壱人ニ付五合つゝ被申
付候へと、申渡候事
「貼紙」
一、荷物弐歩六朱分ノ運上銀
丁銀五匁六分八リン六毛 平田勘兵衛
一、長崎へ之使、今朝戻し申候
一、巻網持せ、清助、廿三日之未明ニ小早ニて、出船仕候
六組頭衆へ申触候
一、御鷹被尋候へと、侍衆へふれ伏事
則、申渡ス也
一、相良太右衛門を、大手之御門番野村弥右衛門かわりニ申付候事
さしかミ、直ニ渡ス也
一、御馬ノかい料ノ人足、弐人ニて不相成由候間、今日より壱人相加候事
一、御下台所ノ人かまぬり(窯塗り)申候事
(不破)平太夫・(中山)左二右衛門・(林)弥五右衛門ニ、談合申渡ス也
一、御国ニて、役儀披仕候衆、役当りノ事
則、申渡ス也
一、野瀬少左衛門、高月ノ人留御番ニ申付候事
北村(平右衛門)所へのさしかミ、(吉田)少右衛門尉へ相渡也
一、当町ニ御闕所物在之由候、請取らせ可申事
一、(井上)宗加登城候て、金山之諸奉行談合候也
■六月廿三日 晴天 酉ノ刻ヨリ雨ル
廿九日二、有(田)吉兵衛へ申上せ候也
一、大坂へ、帆莚ノ事申遣へきなり
一、何も御番所たゝ居候ものニ、竹釘一日二、壱人ニ付壱升宛と申付候、其壱升ハ、毎日之儀仕
共不罷成由、弥五右衛門・(河田)八右衛門被申候由、七月三日より、壱人ニ付五合つゝ被申
付候へと、申渡候事
「貼紙」
一、荷物弐歩六朱分ノ運上銀
丁銀五匁六分八リン六毛 平田勘兵衛
一、長崎へ之使、今朝戻し申候
一、巻網持せ、清助、廿三日之未明ニ小早ニて、出船仕候